毎週木曜日は毎週20時にイギリスで、ガーンジーで Clap for Cares という習慣があり、この大変な時期に毎日毎日命をかけて働いてくれている医療従事者へ様々な場所で拍手が送られます。

 

今日はその特別な木曜日でした拍手拍手

 

そういう特別な日でもあるので、私のサウスハンプトン病院で体験したの看護婦さん、ドクター達の命の向き合い方のお話をしたいと思います。

 

以前にも投稿させて頂きましたが、私の長女は生後6か月でダウン症の診断を受け、その一週間後に白血病の診断をされました。

 

診断されたのが2014年の10月の2週目の金曜日でした。6か月分の荷物をまとめて、私達家族はガーンジー島を出て娘の抗がん剤治療の為イギリスに飛びました。治療でお世話になったのが、サウスハンプトン病院の小児がん病棟です。

偶然にも、最近有名な画家バンクシーが最新の作品を送った病院です。

 

小児がん病棟は本当に素晴らしい看護婦さんとドクター達ばかりの最高の病棟でした。

がん病棟といえば、あまり明るいイメージがないと思いますが、病棟はカラフルな絵がかいてあって、看護婦さんもドクターもとても明るくて毎日笑い声が聞こえていて、先生は冗談を沢山毎日いってくれるような通常は温かいひだまりのような場所でした。

 

だから、不安と心配でいっぱいの私達も温かく迎えてくれました。

 

例えば、病院生活がはじまり始めての大きな手術がありました。セントラルラインの手術です。

 

抗がん剤治療のためのセントラルライン(central)という(central)管を心臓近くにいれないといけなかったので、私は病室で担当の心臓外科医の隣で書類をサインしていました。私はこんな繊細な手術を6か月の赤ちゃんの小さな体にして本当にちゃんと成功するんだろうかと不安で不安でしょうがありませんでした。失敗したら。。と考えると泣きだしそうでした。先生達は、とてもシンプルな手術で常時されているものだから心配しないでといっていました。

 

医療専門用語でいっぱいの英語の同意書をやっと読み終わり、サインしようとした瞬間。

 

心臓外科医の先生が突然。。。

 

「あの、あなたは○○ちゃんのお母さんですよね?」

 

私はふと目が点になりました。何の質問されてる??

 

「いや、ほら、一応確認しておかないといけないと思って。」と先生。

 

「先生は私が突然病室に入って全くのの他人で、知らない誰かの子供のセントラルラインの手術の書類のサインしてると思うんですか?」

 

「私はあなたと今日、初めて会ったからあなたが、○○ちゃんのお母さんという事はあなたしか分からないでしょ?つこうと思えば嘘もつけるし。一応、確認しようと思って。逆に私が結構イギリスで有名な腕が立つ心臓外科医っていうのも、私しか知らないし。私も嘘がつける。私はふらっとこの部屋に入ってきたただのドクターの仮装が大好きな変な男性かもしれない。」

 

そういうと先生は私を見てウィンクして、にっこり笑いました。

 

私は思わず笑ってしまいました。それから、有難うございますといって笑いながら泣いてました。

 

先生は、私があまりにも怖い顔して心配でいっぱいになってるのを見かねてそういう言葉をかけてくれたんだ、と気が付きました。

その担当の先生は他のお母さんたちに後で聞くと、イギリスでも有名な心臓外科医の先生でした。

 

長女の総合的な治療を観察してくれる担当医の先生も小児ガン分野でイギリスで有名な方でした。

その先生もいつもジョークばかりいって、いつも私達を笑顔にしてくれてました。

 

看護婦さん達は私や夫が交代で病室で寝ている時、こっそり起きてる娘を寝ている間にナースステーションであやしてくれていたりしてました。ある日夜中に目が覚めて、娘がいないのでびっくりして廊下に出ると看護婦さん達の休憩室から明かりが出ていて娘の笑い声が聞こえていましたドアのところまで行くと5人くらいの夜勤の看護婦さんが娘に童謡を歌ってあげたり、変な顔をして笑わせてくれたりしました。

看護婦さんは私に気付いて、

 

「夜中に起きちゃうと眠れないでしょ?私達に沢山頼ってくださいね。眠たくなったら病室に返すから、今はゆっくり休んでください。」

と優しい言葉をかけてくれました。

 

同い年くらいの赤ちゃんが病棟に入ってくると休憩室で何人かの赤ちゃんが夜中看護婦さん達と楽しそうに遊んでるのもみました。

 

私の娘はとても幸運なことに闘病して生き延びる可能性が80パーセントととても高かったのですが、他のお友達はそうではありませんでした。一番ママどうしで仲良くしてたイザベルは1歳まで生きられる可能は生まれた時は10パーセント、病院で出会ったときは30パーセントでした。

 

明るい看護婦さんも、ドクターもこんな厳しい現実を生きている子供達と過ごしていました。なので、私の娘はいつのまにか看護婦さん達の心

のよりどころになっていました。

 

数か月して、病院の関係者の方とも顔見知りになりました。そのころには娘は沢山のかわいいニックネームがついていました。特にエリーベリーはみんなのお気に入りでした。

 

看護婦さん達は特に担当じゃなくても病室に遊びに来て娘と遊んでくれていました。大変な一日を過ごした日は決まって私達の病室に来て娘にハグして帰宅する看護婦さんが沢山いました。どんなに一生懸命働いても、報われない事もあってみんな子供が大好きな人たちだったのでつらい日というのは本当に悔しくて、悲しくて、つらかったと思います。

病院のカウンセラーの方も私達に時々会いに来てくれていましたが、看護婦さん達が娘を心の支えにしてるというのも聞きました。

 

報われない出来事があって心が壊れそうになっても、それでも命を救おうと必死で笑顔で毎日を過ごしてる看護婦さん達は私達にとって天使そのものでした。

 

どんなに難病でも、子供達の為に真摯に向き合う先生達の姿は勇ましかったです。

 

私の身近な医療現場の人達はこのドクター達と看護婦さん達です。

 

イギリスの医療現場は本当に過酷な状況です。

 

私には誰かの命を救う事も難病を治すこともできませんが、お家にいて世界の誰かが病気から回復しますように、医療現場の人達が安全にすごせますようにと毎日祈りながら鶴折る事しかできません。

 

でも、その祈りが通じて心のどこかで誰かの心の拠り所になれたらな。

 

良いエネルギーの電波塔になれたらな、と思います。

 

 

最後まで読んでいただいて有難うございますピンクハート