~10年間の軌跡~病名。そして父
兄の病気は
「先天性の統合失調症」と先生に言われたらしい。
統合失調症。
特別な病気というよりはうつ病と同じくそういった人はたくさんいるようだ。
私がこまこまとうわべの病気を述べるより
下記のサイト等でご確認していただければと思う。
https://www.schizophrenia.co.jp/CACHE/scz/index_index.cfm
私が綴る軌跡はあくまで「兄の軌跡」であり、統合失調症の軌跡ではない。
兄の症状でいうなれば
・極度のウツ状態
・身の回りのことができない(お風呂が嫌とか・・・歯を磨かない)
・周りの人が全員自分の悪口を言っているように見える
・(そのわりに誰もが目を向けるような奇抜な格好をしたがる)
・運転不注意(事故多発)
・薬物依存
・買い物依存
・親への依存
・過去の記憶がやたらと強い。(小学校の頃に起きた出来事がいつ起こったかすぐに年代、日付が思い浮かぶ)
etc.
統合失調症の症状なのか?と思うほどいろんな症状がある。
そして、兄は先天性。つまり生まれつきにその症状を持っていたというわけ。
そのときの父。
「産まれつきだっていうのか、俺はそんなの認めない。
病気だなんて認めない」
男の弱さなのだろうか。
この種の病気は病気として周囲が受け入れていく必要がある。
でも、父は認めたくないのか、
その前からたくさん飲んでいたお酒の量をさらに増やすことになる。
~10年間の軌跡~昔にかえる
病院を一緒に付き添ううちに、
昼間に兄と過ごす時間が増えた。
もちろん部屋から出ない日もある。
そんな日は部屋へ足を向ける。
一般的には考えがたいが
兄のツメが伸びていればきってあげた。
兄の耳が汚ければ耳そうじをした。
3才年上の兄が自分の気分がよければ、
ためらわずそれに応じる。
兄弟げんかで何度となくいじめられてきた妹としては
寂しさと不安が募る。
そして、
実家に戻って3ヶ月を過ぎた頃、
だいぶ調子がよかったのか、
兄とキャッチボールをした。
昔はよくしたな~と懐かしむ。
そんな元気な兄を見られることは私の幸せだった。
我が家は狭い団地。
自分の部屋にいても親の会話とかは少し耳を澄ませばよく聞こえる。
「先天性のもので治らない・・・」
そんな言葉を聞いたのはいつのことだろう。
~10年間の軌跡~病院探し
そして、
病院探しも始まった。
病院・・・心療内科、もしくは精神科とか。
どうやら、
そもそもの始まりは兄が戻ってくる2年前に戻る。
大学へ通う混雑した電車の中でいてもたってもいられなくなった。
いわゆるパニック障害のような状態になったらしい。
そして、すぐに病院へ駆け込んだ。
( いまでこそ「うつ病」という言葉が当たり前のように使われるが、
少し前まで診療内科や精神科と聞くと少し抵抗があったのは私だけではないはず。)
当時兄は練馬に住んだいた。
まるで風邪を引いたかのように足を踏み入れることができるくらい
多くの人が通っていてなんの抵抗もなかったと彼は言う。
そこへ通う日々。
先生が利益など求めず、患者の話を真摯に聞き、診療時間が過ぎても
多くの患者達の助けになっていた。
兄もその一人だった。
そんな素晴らしい先生に恵まれた兄が、実家に戻り新たな病院を
探すのはとても大変だった。
まずは紹介状を書いていただいた病院へ。
はじめは地元の共済病院へ。
2度のほど通うが、また紹介状を書いてもらい、
大学病院へ。
とにかく待ち時間が長い・・・
深夜アルバイトをして明けで病院へ兄を連れて行くのが私の日課となった。
結局、「先生が気に入らない」という理由でしばらくは
練馬まで通うことになった。
病院探しに付き合ったりしながらも、
私はこのとき、兄の病気はまだパニック障害、うつ病といったもの
ぐらいにしか思っていなかった。
そして、結局、いわゆる精神科のみでやっていて、薬物依存症や認知症の患者が
入院できるような大きな病院へ変わり、そこに落ち着くこととなった。
10年たった今も同じ病院に通い続けている。