いよいよ離婚協議も大詰めで、お互いの膿を出し切るというか、欲望渦巻くドロドロしたものになってきている。
最近は、「こんなはずじゃなかったのにな」という悲しいい気持ち、怒り、喪失感、孤独感、そういったものと向き合う修行のような時間を過ごしている。
ふと、ホームで電車を待っていると、飛び込んじゃえば全て終わるんだろうな、という末恐ろしい意識が差してくることもある。。
そして、タイトルの通り、やはり今となって思うと、「結婚はコスパが悪い」と昨今の論調に歩調を合わせる結論になってしまう。
自己責任論、妻という立場の意見も存分にあるだろうが、やはり今の私が置かれている状況から考えると、結婚コスパ悪い、となる。
私が、別居・離婚を選んだ理由は、やはり、男としての「惨めさ」だと思う。
家庭内別居で妻とは寝室も別々、会話もなく、育児や子供の進路にも口を挟ましてもらえない。一方で、家にお金だけはせっせといれるATM化に嫌気が差した、というか心がぽっきり折れてしまった。
仕事は中堅に差し掛かり、神経をすり減らす日々。というか、心身を壊したこともある。夜も眠れず、職場でパニック障害に襲われ、投薬なしでは眠りにつけず、職場で平静を保っていられない。
家に帰っても居場所はなく、拠り所もない。
そんなある日、私は子供に手を挙げてしまった。
軽いゲンコツであったが、自分で自分に嫌気が差してしまった。そして、「これ以上、この環境に身を置いていたら、もっと悪い父になっていく」と感じ、別居に踏み切った。
そして、今、妻と財産分与の話をしているが、「カネ、カネ、カネ」である。
子供の親権はまず取れず、お金だけむしり取られていく。子供だけが唯一の救いであり、生きる糧であったが、その子と会うことも叶わず、フィフティ・フィフティの金だけむしり取られる。
妻のパート収入は、「そのお金で気晴らしになれば」とノータッチでいたが、それすら、今ではいくら貯めこんでどのように使われていたかは迷宮入りである。
係争相手になる前は妻で、妻になる前は恋人だった女性と、お互いの黒い部分の辻褄を合わせる作業が続く。
妻の言い分もあると思うが、結局は、家での居場所を奪われ、別居すれば子供に会うことも叶わず、ただ養育費の為だけに残りの人生を費やさないといけない、という囚人のような気持ちである。
だったら、惨めさをかみ殺してその場に踏みとどまればいい、という話かもしれない。
しかし、行くも地獄、残るも地獄であるし、残って定年退職し、用済みになった頃に熟年離婚というのも、また切ない話である。
今となっては、なんで結婚なんてしてしまったのだろうか?と後悔する日々だ。
早くこの暗いトンネルを抜けて、第二の人生を踏み出したいものである。