別居を初めて、だいぶ日にちがたった。

最初の頃は、仕事をしながら一人暮らしの生活リズムを整えるのにバタバタすることも多かったが、最近はだいぶ落ち着いてきた。

 

久しぶりに独り身に戻ると、「なかなかやらないといけないことは多いな」と感じるし、「昔、一人暮らししてた時はこんなんだったなー」と懐かしかったりもする。

 

掃除洗濯、普段は妻がしていたことを自分でする。

そこで、「妻には、こんなにも色々とやってもらっていたんだな」と心を入れ替えるか?と言われると、そいういう話でもない。

 

正直、「一人で出来る」という感想である。

 

勿論、妻の場合は、それに「育児」も加わるし、そこが一番大変だとは思う。

とは言え、私も出来る限り育児に参加していたが、「それは本当の参加ではない」と結局は言われるので、やってもやらなくても文句言われるのであれば、勝手にしてくれ、という想いがある。

 

話を戻すと、一人での生活。

一人で出来てしまうので、家で肩身狭くルームメート生活するくらいであれば、「一人で良い。一人の方が良い。」という結論に至る。

 

思えば、妻との同棲の始まりは、「妻が転がり込んできた」という始まり方であった。

別に好きな人だったし、同棲する分には自分も楽しかった。

そのうち、甲斐甲斐しく色々世話をしてくれるようになる。

掃除、洗濯、食事、病気になった時の看病。駅まで傘をもってお迎え、等々。

 

まあ、彼氏彼女の関係での同棲というのは楽しいものだ。

 

が、そこでハマってしまったな、と今は思うのである。

釣った魚に餌はやらない、という言葉があるが、そのパターンであろう。

恐らく、子供が生まれ、家を購入した時点で、私の役目は終わっていたように思う。後は、ローン返済するくらいだろう。

 

そこからは転がり落ちるように、妻は私に無関心になっていった。

そして、どうにか関係を繋ぎとめようともしたが、努力する時点でもう終わっているのだ。

 

話が少しそれるが、最近、私は飲み屋で出会ったとある女性と食事にいった。

私はさほどその女性に「女性」としての関心はなく、いち友人としてお話するのは楽しい人だが、向こうは結構ぐいぐい来ていた。

別に自慢でもないしうぬぼれでもないが、「また食事いこう」とか、こちらが一人暮らしを始めたのを知っているので「ご飯作りにいこうか?」等々の連絡をくれる。

 

私は、ここで頭に「黄色信号」が灯るのである。

ぐいぐい来られて、甲斐甲斐しくしてくれるのは嬉しいが、妻との過去が走馬灯(?)のようにフラッシュバックする。

「これは、自分の生活を侵食されるパターンになるかもしれない」と思うのである。

 

じゃあ、孤独死とかしてもいいの?というのが究極の質問だろう。

ハッキリいって、家庭のなかにいて一人でいる方がより孤独がクッキリする、というのが感想だ。

教室でクラス中からシカトされるより、不登校になって家で独りでいた方が気が楽、な心理ではないだろうか。

 

今の時点では、「強がり」も存分にあると思う。

正直、ふと夜中に目を覚ますと、「これは現実なんだよ」と頭のスイッチが変わる瞬間に一番孤独を実感する。

闇の中でくっきりと浮かび上がる深い孤独。

 

でも慣れることが一番だし、もう家庭には戻りたくない。というのが正直な気持ちでもある。

なので、明日、部屋で死んでいて、一週間くらい発見されず、腐った死体、みたいな状態で発見されても、それはそれで仕方ないし、本望である(親族や近隣にはご迷惑おかけするが。。)。

どうせ、大概、皆死ぬときは一人で旅立つわけだから。

 

まあ、理想を言えば、超とびっきりの美女といい関係になり、二人で南国で裸でのんびり過ごし、日本に帰国したらたまに会う程度に、別々に過ごす。

「養う」というスポンサーシップ抜きに、そんな関係をどちらかが死ぬまで続ける、というのが程よいように思う。