先月から、15年連れ添った妻との別居を始めた。

子供は一人いる。もうすぐ中学生だ。

 

別居を決めるまで、また家を出るまで、色々と苦悩し、苦難の連続でもあった。
そして、これからもそれらはあると思うが、少し、経緯や今後の経過も書き綴っていきたいと思う。

 

背景から少し。

私と妻は、恋愛の末の結婚だった。
今思い返すと、ほんとに愛し合っていたと思う(たぶん)。
くだらないことで笑いあい、一緒に飲みにいったり、旅行したり、時には一日中家でまどろんでいたり。

 

喧嘩は、正直、あまりしなかった。

私はそれまで、二人ほどお付き合いした女性がいた。あまり比較はしたくないが、その二人の女性と比べると、驚くほどケンカはなかった。

勿論、皆無というわけではない。
ちょっとした事でお互いムッとした冷戦モードに突入するし、ケンカが勃発した際は、普段ケンカしない分、尾を引いた。

ただ、付き合っていた時や結婚当初、まあ知り合ってから最初の5年くらいだろうか?は、お互い話し合って、非があれば謝り、前向きに過ごしていた。

 

様子が違ってきたのは、子供が生まれてからだろうか。
世には「産後クライシス」なんて言葉があるので、ある程度覚悟はしていたが、子を持つということは、良くも悪くも、大きな変化であった。
子供がいることは幸せではあるけれど、やはり、営みがなくなったり、会話がなくなったり、と夫婦間に歪なようなものが生じていくのは感じていた。

 

「まあ、仕方ない」と、半分諦めと半分は時が解決するのを待つような感覚で過ごしていたが、歪はどんどん深刻さを増していった。
最終的には、世に言う「ATM」と化していったように思う。つまり、「俺はいったいこの家にとってなんなんだ?」と考えるようになっていった。

 

昔は、よく会話して笑った。弁当も作ってくれたし、雨の日は駅まで迎えにきてくれたり。
妻といて楽しかったかつての日々や、幸せだった日々と比べると、天と地というか。

が、しかし、そういったサービス的なものは、どんどんコスト削減の憂き目にあい。。
きっと、世の妻たちから言わせると、「ざけんな、育児と家事、パートで忙しいんだ!」ということなのだろう。

が、こちらも、「すざけんな、こっちも仕事が中堅どころにさしかかり、大変なんじゃい!」と言いたい。

 

そんなこんなで、家にいることがどんどん窮屈になっていった。
家のローン、子供の学費、老後資金があるので、馬車馬のように粉骨砕身、働かないといけない。
同時に、家に帰ってある程度家族サービスなり、妻のサポートをしないと陰湿な雰囲気になっていくという重圧。
会話しない妻、子供と一緒に寝るので寝室も別。
自分は一体、なんの為にこの空間にいるんだ?とワケが分からなくなっていった。

 

勿論、妻には感謝もしていたし、子供はかわいい。
でも、世の妻は、「毎日、将軍様に感謝しろ」と独裁君主制みたいなことを言う。。
「じゃあ、僕への感謝は。。??」と問うと、「お前はやって当然」と身も蓋も無い回答が返ってくる。

 

だもんで、結局のところ、自分は家庭への「愛想」というメーターがゼロを振り切り、かつての貯金でやりくりしていたがそれも底をつき、妻や家庭に対する感情が「無」の境地に達してしまった。
もっと「悟り」とかでその境地に達したかったが。

 

最終的に、自分を家庭に繋ぎ止めているものは、子供だけだった。
でも、どこか子供が「人質」のように感じる時もあった。「子供いるんだから、あんたは我慢して、外で黙って仕事してこい」といったような暗黙の圧。

 

私は、仕事で体調を崩してしまったことがあった。「出来れば、少し仕事の量や質を落として心身健康でいたい」と妻に相談したが、返ってきた答えは「無言」であった。
結局、都合の悪いマターに対しては無言、都合よいこと(家を買うとか)は口数が増える、という傾向が読み取れ、げんなりしたのを覚えている。

 

卵が先か鶏が先か、時を前後して、私は酒に吐け口を覚えるようになった。
近頃では「フラリーマン」なんて言葉があるが、まさにそれだ。
家に帰るのが億劫になり、行き着けの飲み屋が出来、時には「仕事」と偽ってビジネスホテルで一泊することもあった。
完全なる現実逃避であろう。

 

そして、そうやって家庭から離れている時間を幸せに感じるようになっていった。

まあ、完全にダークサイドに堕ちてしまった感じであるが、自分にとってはそれが居心地がよかった。

 

「きっと、蒸発する人ってこんな気持ちなんだろーな」と、思った。

 

とにかく思ったのは、今後、どんどん自分の居場所は家庭でなくなっていく一方で、ハードに仕事をすることは求められ、家に金をお納めする。そんで、子供が巣立っていき、定年すると、それでなくても会話がないのに、お互い、会話しないもの同士がひとつ屋根の下で過ごさなくてはいけない、という地獄絵図。それだけならよいが、熟年離婚なんかで捨てられた日には、「これだけの期間お勤めしたので退職金を。。」といった塩梅で家を乗っ取られ、俺は家を追い出され、老後をやられたアパートかなんかで独り過ごさなくてはいけない、と絶望的に考えると既に墓場で、今のうちから独りで生活した方が気が楽だわ、と思うようになった。

 

そして、妻に、「愛想が尽きたので、家を出ます」と告げた。

 

といっても、うちの両親が少し支援してくれて、俺の名義で買った家ではあるのだが、俺が家を出ることになるという理不尽。

とはいっても、別に譲る気はサラサラない。1年間、冷却期間は設けるものの、その間、家の売却準備は淡々と進めていく。

で、子供が中学にあがる時に家を売却、離婚するならそれでもよし、といったプランである。

 

とにかく、別居してからというもの、寂しさは勿論あるが、何か快適さは感じる。

自分で自分の生活を組み立て、気兼ねなく生活する。

幸い、一人暮らし期間が長かったので、家事全般は苦ではない。

肩身狭くパートナーと生活していた時と比較すると、のびのびとしている。

 

子供だけは気がかりだ。でも、もうそれも割り切ることにした。

友人や家族からは、「子供の事を考えて」なんてよく言われたが、そんなこと腐るほと考えた結果である。

そして、「その言葉、そっくりそのまま嫁に言ってやってよ。。」と、都度思った。

結局、俺が家庭を捨てた、みたいな体だし、実際、トリガーを引いたのは俺かもしれないが、共同生活のなかでの生命線であるコミュニケーションを拒んでいったのは妻でもある。

それを我慢するのが男。男はつらいよ、なんてことは知ったこっちゃない。こちらにも選ぶ権利はある。奴隷ではない。

 

そんなこんなで、私の別居生活が始まったのである。