先日、息子がいつも公園でボールを貸してもらって喜んでいるので、マーケットまでボールを買いに行きました。
最初に行ったお店で、「ボールありますか。」と言ったら、店主のおじさんがぽかんとした顔。
あれ、ヒンディー語でボールって何て言うんだろうと考えていたら、
英語で「すみませんが何をお探しですか。」と聞かれたので、
「あの、ボールありますか。」と聞いたら再びぽかんとした顔で、
「え?ボーなんと?」と。
あれボールの発音がそんなに悪かったかしらと思って、もう一度言ってみるも同じ反応。
「あの子供のおもちゃの、丸くて、こんな、外で遊ぶおもちゃのボールです。」と言ってもやっぱりぽかんとした表情。
そんなやりとりを数回した後、食器のボウルを渡されました。
「いえ、これじゃなくて。外で遊ぶあのまるいおもちゃのボールです。ボウルじゃなくて。」と言ったら、
ゆっくりと「ああ、ballですね。b-o-w-lじゃなくてb-a-l-l。ございません。」とにっこり。
はてさてそんな英語の発音が悪かっただろうかと別の店に行ったら、普通に通じて買えました。
あの人は、わからないふりをしたんだろうかと帰り道少し悲しくなりました。
もしかしたら本当に、わからなかったのかもしれないけど、
あんなにきれいに英語が話せて、「外で遊ぶ丸いおもちゃ」がわからないはずないんじゃないかと。
私の外見が違っていたら。私があるいは男性であったら。あるいは私が夫といたのなら。あんな態度取られなかったんじゃないかなあ。
なかなか日本でこういう思いをすることはないので、こういうショックは新鮮です。
帰り道、私が出会ってきたいろいろな在日外国人の人たちは、色々な場面でこういう思いをしてきた/今もしているんだろうと幾人かの人のことを思い出しながら歩きました。
最近のニュースを見ながら、これから日本、どうなるのかと心配しています。
自分ができることは何なのかちゃんと考えて、今個人でできることを頑張りたいです。
久々にちょっとまじめなポストでした
追記:ちなみにボールはヒンディー語でगेंद(女性名詞)と言うとlang-8で教えて頂きました