モヒートの似合わない夜にあなたと

モヒートの似合わない夜にあなたと

日記や妄想を書きます。フィクションかも知れませんので信じないでください。

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お気に入りのクロスバイクの修理に、勝ちどきに行った帰りだった。

夕暮れ時、バイクをこぎながら、勝ちどき橋を渡りながら、川の向こうに目をやってみる。

だいだいの、もうすぐ沈みそうな太陽の光が、ずいぶん向こうにある高層のビルとビルの間から漏れてくる。

あっ。ビルの間から、東京タワーが、夕陽に照らされ、すかすかの部分から夕日がこぼれている。

普段東京タワーを観るのは、断然とそびえ立つ昼と、煌々と照る夜だった。

夕暮れは。

思わずバイクから降り、立ちつくし、眺めていた。

 

その1週間前、映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を観た。

東京オリンピックの初日、堤真一さん演じる役が、終戦から20年を思い返し、「あの頃はこの辺みんな焼け野原だったんだよ」と涙を浮かべ話す場面があり、もらい泣きした。

その6年前に、わずか2か月で完成した東京タワー。戦後をずっと見守ってきた東京タワー。

焼け野原の中、東京タワーとともに、日本は立ち上がった。その神々しさ。偉大さ。

 

比べて。

東京スカイツリーについては、大人の事情で控えたい。

 

この日、ぼくは東京スカイツリーに上らないことを決めた。

元カノが妊娠していて、ぼくには伝わらないでいた。
いきなり、出産日、ぼくは病院にいた。
我が子を抱くと、やけに重たい。
抱き上げたら、涙でくしゃくしゃになる、と昔から想像してきたのに、涙が出ない。

男の子。
えっ。これまで女の子しか、授かることを想像したことがない。
名前もまだ決まっていないらしい。
ぼくに決める権利があるの。誰が育てるの。

ぼくの疑問に、元カノの弟らしい男が、今の彼だよ、と素っ気なく答える。
えっ。ぼくの子供を妊娠している間に、誰かとつき合いを始めたの。
10日前からだよ。子供も育てよう、って言ってくれているんだ。
彼はどんな人だい。
京都の人だよ。
元カノの声は何も聞こえない。何も話さない。

今度はさすがに、医者なんだろ。
こう訊くと、初めて元カノが、うん、と応える。
ずいぶん、やつれた顔をしているが、久しぶりに会うからか、出産直後なのにおめかししている。まなざしが、今も焼き付いている。

なぜかぼくの父親が運転するクルマの後部座席で、ふたりで話している。
子供と、たまには会えるのかな。
元カノはとまどっている。
弁護士を立てて話し合った方が良いのかな。

のどが渇いて、目が覚めた。
やけに現実感があって、憂鬱な夢だった。
暖房とコンタクトはつけっぱなしだった。

夏に恋をしたことがない。

正しく言えば、恋を始めたことがない。

薄着になるにつれ、心の服も脱いで、恋の波に乗る、と人は云う。

でも、夏に恋をしたことがない。

 

秋に恋をしたくなる。

正しく言えば、夏の終わり、寂しさの気配をかき消すために。

何とも言えない寂しさが、虚無感が、襲いかかる。

だからか、秋に恋をしたくなる。

 

八月も半ばになると、セミの鳴き声が、夜の虫の音が、変わる。

そして、気づく。風の音が変わったことを。夏が、終わることを。

すべてがイヤになり、全部無くなっちゃえばいいのに、とさえ思う。

 

なぜか、夏に恋をしたことがない。

夏に恋をすれば、変わるのだろうか。この習性が。

 

秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

(古今和歌集、藤原敏行)