いらっしゃいませピンク薔薇私のブログへようこそクローバー





いきなりですが、

トイプードルって、モスチキンに似てません?




今日は暑かったですねーあせる 流石に半袖を出しました。今年初の半袖です。それを着てワンコのお散歩に出たのですが、刺すような日光がチリチリと腕を焼き、夏の日差しに慣れていない皮膚の表面が痛く感じましたー汗 


これは焼けたな…

UV対策をせずに出てしまった…

うぬぬ…   反省会だな。こりゃ



それはさて置き、ワンコの散歩中、私の前をやはりワンコの散歩をしているお兄さんがおりました。連れていたのがトイプードル。



そのトコトコと歩くトイプードルの後ろ姿が(特にお尻)なんとも美味しそうに見えて…  あ、失礼。


なんというか、こう、コンガリとした色が、モスチキン🍗を連想させ… あ、またまた失礼。



ちょうどお昼ご飯前だったので、仕方ない。



美味しそうな…もとい。 可愛いプードルちゃんをガン見しちゃって、かなり怪しかったと思われます。こんなオバさんですみません真顔






下差し「お散歩に行く?」と聞いた時のワンコ達




この後、ジャンプで突進され顔を舐められる羽目になります。









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さて。



今回は、病気の事を書こうと思います。





その頃(更に3年前)仕事で無理をしたのがたたって身体を壊し、長期入院、その後も1ヶ月に1〜2回程、通院して検査を受ける生活をしておりました。
ある日、尿検査の結果を見た医師から「血尿が出ている。」と指摘されてしまいました。


その前から、何度か血液の成分が混ざっている事があったらしく、1度詳しく調べて見ようという事になりました。以前から子宮筋腫がある事も分かっていたので、同じ大学病院内の婦人科へ予約を入れて頂きました。





1ヶ月後、婦人科へ行き問診&内診。


その場で癌の告知を受けました。(事前に書いた問診票に、癌だった場合本人(自分)が告知を受けるか否かの問があり、受けるに○付けていた)


どんな風に告知を受けたかと言うと。

TVドラマの中でよく見る場面の様に、重苦しい雰囲気の中「癌です…」みたいな感じで言われるのかなー?というイメージがあったのですが、それは全く違って、まるで「風邪ですね」くらいに「子宮癌ですね」と言った軽いものでした。



私は、  へ?  は?  はい? 

となっていました。



医師が、これからの治療方針についてアレコレ説明していたのですが、私は、あまりのショックでボーッとしてしまい涙も出ず、フワフワした感じで「このお医者さん、一体何を言っているんだろう?」と、ただ呆然とポカーンとしていた様な気がします。



医師の言葉が、頭のかなり上の方を流れていきます。本当に念仏の様に遠くの方で、又はカフェのBGMの様に流れている感じで、ちっとも頭に入ってこない。
普段から大分ぼんやりな私ですが、この時は更に抜け殻の様になっていたのか、心配して側にいた看護師の方が「大事なお話だからしっかり聞いて下さい」みたいな事を言ってた様な気もします。左差しいや、言ってたんだよ。)




そしてジワジワと、悲しみ…と言うよりも恐怖と言った方が近いかな。が襲って来て、ガクガク震えていました。



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更に具体的な進行具合などを調べる為に、
MRI検査、PET検査、造影剤を入れたCT検査…etc…

色々な検査が待っていました。


全部の検査が予約制で、その日のうちにさっさと終わるものでは無く、日にちを改めて今日はCT、2週間後にMRI、その何週間後にPET… と、癌告知を受けてから2ヶ月近く検査検査で忙しかったのを覚えています。



私は、告知されたら直ぐに治療が始まるのかと思っていたので、検査にこんな時間がかかるとは知らず、その間に癌がどんどん進んでしまわないかと不安で不安でたまりませんでした。











癌になって、私が最初にぶち当たった問題は

家族になんと言って伝えたら良いのか。という事。これは悩みました。




先ずは夫。

会社から帰宅するのを待って伝えたと思うのですが…
うーん…。どういう風に伝えたのか、正直言って、全く覚えていない。自分はその時泣いていたのか? はたまた普段の会話をする様に伝えたのか? 本当に記憶がスッポリ抜けているゲッソリ

むむぅ…  思い出せなーいタラー






次に私の両親。

遠方にいるので、母に電話で
「私、癌になっちゃった。」と。
母は、「えー?誰が⁈」と聞いたあと、即、癌のステージ(検査前なのでハッキリは分からないが、2〜3くらいだと言われていた)の確認をして、次に出た言葉が

「なってしまったもんはしょうがない!これから頑張って治療する事を考えなさい。」

だった。


わざと明るく言っているのが分かったので、私も明るく「うん、頑張って治すよ!」と答えていたのですが、目からは涙がポロポロと落ちていました。

告知を受けてから多分それが記憶にある、初めて流した涙だったと思う。
それを気付かれぬ様、「抗がん剤とかやってハゲるのかなー?ワハハハ…」などと言って笑っていましたが、きっと母は気付いていたはず。





そして息子。

癌とは言えず…
「お母さん、病気になっちゃって、多分これから入院する事になると思うんだー。」

息子は、その時「大丈夫なの?」くらいだったと思う。

でも、検査が一通り終わってはっきりと病状が分かったら、ちゃんと伝えなければな。とも思っていました。




義両親には、夫から言ってもらう事にした。(だって言いづらい滝汗 )







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今回、これを書いていて思ったのですが、当時の事、大変な出来事だったから、ちゃんと覚えているはず!だったのに、結構忘れちゃってるもんですね。



大事な事以外の事、例えば診察室のカーテンの模様だとか、医師の履いていたサンダルだとか、看護師さんの髪留めだとか。そんなくだらないものはハッキリと覚えているのに、肝心な所が全然思い出せない。



思い出したくないのだろうか?


うーむ…