ふぅ、
と深く息を吐いた。
エレベーターの中は驚くほど空調が効いている。
そして、何より先ほどの
女性の香りらしき濃密な甘い香りが
立ち込めていた。
やっと、そんなことを感じる余裕が出てきた。
汗は相変わらずしたたっている。
エレベーターのドアが再び開いた。
隼人は部屋へと急いだ。
個人宅の営業だった、前職の勘を頼りに記憶を辿る。
右手の角部屋だったはず、
吸い込まれるように、部屋の前まで来た。
とっさに思いついたように、汗ふきシートを取り出す。
だが、汗まみれの隼人には役に立たない代物だった。
あぁ、と声にならないような苛立ちの後、すかさずインターホンを押す。
静寂-
一瞬、躊躇したが、携帯電話を取り出して、着信履歴を見た。
昨日、今日とそれらしき着信は無かった。
隼人は肝心なことを思い出した。
部屋の鍵が見当たらなかったので
鍵をかけずに出たのである。
ドアノブを手に取る、
カチャッ
と、軽い音をたてて、ドアが開いた。
どうやら、まだ部屋にいるらしい。
起きているのだろうか、まだ寝ているのだろうか---
そういえば、顔をまだ見ていないな、
と隼人は
緊張と浮き足立った感情を必死に抑えながら、靴を脱ぐ。
手持ちの袋に気をかけ
足あとを忍ばせながら、部屋に入る。
10畳ぐらいだろうか、広々としたリビン
グが目に入る。
雑誌や衣類が多少目につくが
ナチュラルカラーを基調とした色使い。
そこに小物などのパステルカラーが絶妙にミックスされている。
清潔感と洗練された女性的な雰囲気のある空間だった。
低めのガラステーブルには水が注がれた、マグカップが1つあるのみ。
どうやら飲みかけらしい。
いない
リビングの奥左手の部屋がどうやら、寝室らしい。
意識がまだ見ぬ女性と(昨晩見たはずだが、覚えていないだけだが)
寝室に注がれた。
空巣の様な緊張感と、背徳感が、
隼人を支配して、汗がしたたり落ちてしまった。
寝室らしき部屋のドアノブに手をかけようとした、
その時-
隼人は違和感に気づいた。
一瞬、その違和感が何か分からなかった。
本能的に察知したのである。
人は同じ情景、状況に遭遇したとき、既に見たことがある、という感覚に襲われる。
冷静に分析すると、過去の記憶と様々な点が合致する、
それを既視感、デジャブ
という。
あの肌が、ざわめく感覚。
それと全く同じものを隼人は、今、感じていた。
だが、違和感の謎がまだ解けない。
光景に既視感はないのである。
では、何だ-
匂いだ。
この香りは
エントランスですれ違った
女性の匂い、そのものだった。
