昨日、学童の先生から『カイ君が話を聞いてなかったみたいでお菓子を貰い損ねた』っていう話をされました。
小学校に入ってだいぶ成長したと思ったけど、まだ話がうまく聞けてないのかなと不安になった。
でも午前中ずっと運動カイ君の練習をしてとても疲れていたので、とりあえず今回はそんな事もあると受け止めようと思う。
保育園時代の苦い思い出が蘇った。
先生は『カイ君が話を聞いてなかったので、別室で一人で過ごさせました、泣いてました。はしゃいでいたので園庭5週させました』という罰を与えるやり方だった。
悲しかった、苦い思い出。
少し話が変わります。
最近の夫を見てるととても痛々しい。
父親に似た存在に対しての反発心がすごい。
小さい頃に受けた、親に対しての怒りが消化しきれてないんだなと思う。
夫は【勝つ以外の選択肢は無い】という大人の権力による強制の中で生きてきた。
それがあって負けず嫌いでうまくいく時もある。
でも本人は休まる暇がない。
いつも見えない敵を作って戦ってる。
私が何を言おうが届かない。
親の影響がいかに多大なものかと感じる。
私が育った時代はそうだった。
子供は大人の言う事を聞いていればいいという一方的な押し付け社会だった。
今思えば、保育園の担任も同じ。
自分がわかって欲しいと押し付けるばかりで、子供の気持ちが置き去り。
感じてた違和感はそれだった。
でも、どうしていいかわからなかった。
この経緯があったので、学童で冒頭の話を聞いた時はドキリとした。
この事を受けて、私はカイの小学校時代は沢山の経験を積み重ねていける様、意識していこうと強く思った。
勝つことで得られること。
負けることから学べること。
勝つ、負けるだけでなく、その中間もあるということ。
壁にぶちあたった時、それをどう乗り越えるかを一緒に考えてあげること。
うちの近所の子で、学校には行けるけど、クラスに入れない子がいる。
スクールカウンセラー・保健室・職員室で連携して、その子にはいつも隣に大人が寄り添ってる。
その子を見て、アイツがサボってるから俺もサボりたいって思う子は誰も居ない。
その子は賢い子なので、今はクラスに入れなくても自分の好きな分野で進んでいけるんじゃないかなって思う。
でも今、学校に行く以外の選択肢が【家に引きこもる】しか無ければ…
そこで挫折してしまうんじゃないかなって思う。
自分らしく過ごす事を受け止めてくれる場所と人があるって素晴らしい事だと思う。
しかもそれが大人で、しかもそれが学校だなんてすごいなって思う。
白でもなく、黒でもなく、目に見えないグレーの部分。
そこを大事にする事で、多くの人がもっと幸せに生きていけるのではないかと気づかされる。
今ある場所が全てという訳じゃない。
小学校に入って、私も教わる事が多く、その配慮、優しい気持ちに触れて泣きそうになる。
いろいろあるけど…。
今を見て、今の幸せに気付いて、それを大事にして過ごしたいなって思います。