江ノ島神社に続いて、えしまなおこさんのYoutubeより、
以前、日枝神社に麒麟が降り立ったという話を受け、先日お参りしてきました。
その後、色々とスサノオ神の話を知ることになり、この度アクティベーションを
させていただけたので、お話を共有させていただきます。
こないだは、よく足を運んでくれたな。
お主の感じた通り、祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)でおるが
真の祭神は私じゃ。ようやく会話できたな。
これからは動乱の世となるから、気を引きしめて生活なされ。
お主が色々と調べたように、今、人々が神としているのは元々は
人間じゃ。この国に祭られている神々は、ほとんどが元は人間じゃ。
我がこの国に来た時は徐福の身体を借りておった。
徐福として、この国に来た時、既に中華とは異なるものを感じておった。
我は力や財を使って交渉を行ったが、出雲の人々は、
そのような物や上辺の交渉には応じなかった。
子を沢山連れてくれば、介入しやすいと思ったが、
そのような思惑も見破られていたようじゃな。
徐福は兵法や戦略に熟知しておったから、その方法を駆使して
この国を征服できると思っておったが、思うようにはいかなかったな。
キリスト教を広めようとしたザビエルも上手くいかなかったであろう。
何というか、我々の良いところ、楽しそうなところ、便利なところだけ、
いつの間にか、この国の文化の一部となってしまった。
キリスト教で言えば、クリスマスなどのイベントがそうじゃな。
おそらく、この国の人、この国の土地や言葉がそうさせるのじゃろう。
この国の特徴は今も昔も変わらんな、悪しき企みや計略はこの国に来ると
全く通じんのじゃ。おそらく一番は言葉であろうな。言葉に秘密があると
感じておる。この国に来て、この国の言葉を話してゆくうちに我も、
我の集団もすっかり変わってしまった。
我はこの国を支配しようと来たはずなのに、この国の持つ不思議な力、
和の心のエネルギーに、我が邪心はスッと溶かされてしまった。
全く不思議な力じゃ。おそらく国常立の力なのじゃろう。
国常立のエネルギーがこの国の言葉や土地に流れ、それを龍や眷属を
通じて、この国の人々の精神に影響を与えておるのじゃろう。
我や我が家臣の出雲での狼藉は知っておろう。そのような我らが行いより、
我らが伝えた技術や文化を重視し、我を逃がし、今では神の一人として
祭っておる。。
そこまでされたら、わしも悪い気はせん。支配はできなかったが、
この国、出雲の人々が好きになってしまった。
物事を受け入れる土壌が、この頃よりこの国にはあったのじゃな。
全くその器の大きさには恐れ入る。
中華では食うか食われるかの戦乱の世であったから、
我はこの平和な国の人々の敬意あふれる態度にいたく敬服した。
我も神として崇めたてられた以上、この国や人の為に力を尽くそうと
心が少しずつ変わっていったのじゃ。
今、多くの人の心が天災や争乱、政治への不信などにより、負の感情が大きくなってきておる。
じゃが大切なのは希望じゃ。未来を見据え、自分なら何ができるか考えることじゃ。
悲しみや恨み辛みからは何も生まれん。前向きな希望だけが道を切り開いてくれる。
どんな困難にも、わしは希望だけは捨てなかった。わしはあきらめの悪い神じゃ。
失敗しても、時には泣いても良い。現実を見たくない時だって
あるじゃろう。人生は良い時ばかりではないからな。
じゃが大切なのは希望を持ちあきらめず、前に進むことじゃ。
最後まで希望を持って、前に進むのじゃ。わしのエネルギーはそのような
粘り強さ、根気強さと呼ばれるものじゃ。
ちょっとやそっとでは折れぬ太い柱じゃ。希望を持って念じ、
少しずつで良いから一歩一歩進むのじゃ。いつか道が開けてくるじゃろう。
わしは、そのような力を人々の為に使っておるし、そのような人を
応援するからな。どんなに辛く、悲しくとも、時は流れ、いつか忘れる
こともできるであろう。忘却の時が来たら、祝福を思い出すことじゃ。
皆と笑い合った日々を思い出し、また新しい一歩を踏み出すことじゃ。
いつも応援しておるからな
スサノオより