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いつもここから♪

流産や子宮外妊娠を乗り越えて、妊娠に向って希望を持った矢先「アンチトロンビン欠乏症」と診断。
リスクを伴う妊娠に揺れる日々。旦那とふたり、確実に生きている今を忘れたくないです。

6月の終わりに突如入院して激闘、妊娠初期!だったわけだけど、入院する前日まで私はバリバリというか元気に働いていたわけで。

私の職場はなんとも家族の様な異年齢、男女問わずがスタッフの職場だから、子宮外妊娠後に仕事復帰した以降は本当に温かい家族みたいな雰囲気の中で働いていたのです。

ケンカやすれ違いや衝突はそこここであったけど、そんなのとるにたらないものものだと思えるほど、信頼関係で成り立ってるような仕事でした。素直にたのしかった。

だからこそ、入院してベッドに縛り付けられてる生活、もちろん赤ちゃんの為とはいえ私にはその環境を受け入れるのに相当な時間がかかりました。

頭に浮かんでは消えるスタッフ達の顔と、そこにいたはずの自分。子どもたち。

もう私はみんなの記憶の中からも消えるんだろうなって、築き上げた信頼関係もきずなも無かったことになるんだろうなって寂しくて、考えること自体を避けるほど辛かった。


赤ちゃんが安定してくれて、治療方針が定まって隊員が決まりつわりもおちついた今週、荷物整理と退職届を出すために久しぶりに顔を出したのでした。

私が行くということをあらかじめ連絡していたので、ボスは研修を休んでくれたってメールで聞いて嬉しくなって、朝からなんかソワソワしながら入院以来ちゃんとお化粧をして向かいました。


毎日のように通ってた見慣れた景色をしり目に、少し緊張しながら階段を上って、早速仲良くさせてもらってたお母さん(会いたかった人)に会えて、カバンについてる赤ちゃんバッジを見るなり泣いて喜んでくれた。大好きなYちゃんは急いで中に入って他のスタッフを呼んで来てくれて、お母さんみたいな大好きな先生に再会。その瞬間に私の中のダムが溢れだしたかのように涙が止まらなくて、子どもたちが驚くくらいに入口で号泣してしまったのでした。


ぞろぞろと奥から大好きな先生たちが顔を出して、懐かしいその顔一つ一つに涙が止まらなくて、早くここに帰ってきたかったんだって声にならない声で叫んでました。

主任でもある隊長は相変わらず髪の毛がワサワサしてて、目を細めながら落ちつけよって、麦茶をいれてくれた。その間もお母さん先生はずっとずっと泣いていた。

みんなが私をあったかく大切に迎え入れてくれたから、私はなんかムズかゆくってでも嬉しくて、なんで忘れられてしまうなんて思ったんだろうと思った。


子どもたちがみんな帰って、おもむろに楽器を抱えて準備する先生たち。

相変わらずマイペースな楽器たちだけど、私が居ない間に私の大好きな風味堂の「ナキムシのうた」を練習してくれてたみたいだった。

私がいた時には曲すら覚えてくれなかったのに、ずっと聞き込んだっていう隊長は完璧に歌ってくれたし、ギターもピアノもベースも、私にはキラキラして聞こえた。

新しい試みのスタッフ紹介のボードには私の写真もあった。何年先に戻るかもわからないけど、ずっと置いておくといってくれたその写真は、すごく写りのいい私が天丼を抱えて笑ってた。


あなたがいないとここは静かだって

あなたがいないと誰も楽器を触らない

あなたがいないとしんどい

あなたがいないとカラッポだ

あなたがこんなに大きな存在だとは    思い知ったよ


そんな言葉をもらった。


お母さんになりたくて、お母さんになれるなら何もいらないって思ったこともあった。

お腹の中の赤ちゃんはもう私をお母さんにしてくれてるけど、お母さんだけじゃない一人の人間として家族と同じくらい必要としてくれる場所があるなら、贅沢でもワガママでもどっちも大事にしたい。

帰り道頑張ったメイクはほぼスッピンで、メイク落とし今日はいらないなーと思いつつ、見慣れた電車に揺られながら見慣れた景色に包まれて帰ってきました。

夢なんじゃないかって思うほどに幸せな時間だった。

こんな素敵な時間が持てる人生、お腹の赤ちゃんにもこんな時間を味わってほしい。

産まれてきてよかったって思える時間を探してほしい。

どうか無事に、どうか元気に産まれておいで。待ってるよ。