妊娠が分かってから入院生活が始まって、日に日に貯まるストレス。
2年前の手術の時は入院自体がなんか楽しくて、元気になってく体がうれしくてごはんもおいしくてってランランだったんだけど、今回はなぜだか気が重い。
赤ちゃんが来てくれて、最高に嬉しいはずなのに何故だか気分が晴れない。痛い治療が重なれば重なるほどになんでこんな思いをしなきゃダメなんだって、どうしようもない事を考えながら愚痴愚痴言ってしまう。情けないとは思いながら、なんか気持ちが晴れない。
どうして自分がこんな気持ちになるのか自分でもわからなかったけど、どうしても毎日が辛くて、今思えば情緒不安定だったのかと思う。
主治医の先生は痛い治療や怖い思いを我慢して当たり前だと思ってる。もちろん赤ちゃんのためなんだから当たり前なんだけど、痛くて怖い現実からは逃げられない。
家族にも愚痴をこぼせば「望んだことだろう」と思われるだろうって思ったし、誰に話したところで自分の気持ちは晴れないのは分かってた。
赤ちゃんが順調に成長してくれるのは涙が出るほどうれしかったし、心から望んだけど治療が痛くて恐怖を受け入れるのには時間がかかった。
今思えば親になる覚悟ってか、今もそんな大したものはないけど、それでも子どもだったのかもしれない。
お母さんに、よその健康な人は何の苦労もしないでお腹で赤ちゃんを大きくさせることができる。だけど自分とその人たちとを比べても授かった事自体が奇跡なんじゃないかってことをもう一度考えてごらん。って。通るなら潔く、人が通れなかった道を通れることに胸張って、どうせ逃げられないなら潔く歩きなさい。
と言われ、はっとした。
とんでもない道を今通ってるのかもしれない。
それでも通るからには潔く歩こう。そしたらきっと胸張って母親になれる。ただでさえ恵まれた中で育ててもらって今だって恵まれながら、沢山の人に支えてもらってる。普通の人ではこんな風に感じる機会すらないかもしれない。
本物が側にたくさんいてくれること、改めて実感しながら、わたしはやっぱり潔く、この子の為に歩こうと思う。
人なんか弱い生き物だよ。母は強しとかいうけど、強くなるまでに沢山の試練を乗り越えてくんだろうって思う。情けなくても愚痴ばっかでも、その時のその感情は自分自身なんだから受け入れてけばいいと思った。