入院可能の連絡が来るまで1週間かかりました。

 

あと、臨床調査個人票をやっと書いてもらえたのですが、混合性結合組織病ではなく全身性エリテマトーデスで申請することになりました。

 

これで正式(?)にSLE患者の仲間入りとなった気分です。

 

なので、混合性結合組織病ではなく全身性エリテマトーデスが私の病名だとここではお伝えしています。

 

難病とは何なのか、膠原病とは何なのか、自分の免疫が自分を攻撃するなんてあるのか、本当に治らない病なのだろうかと一人になると考え込むことがあります。

 

その度に思うのは、東洋医学の名医が言っていた

 

『治らない病気は無い』

 

『治せないなら医者はいらない』

 

という言葉です。

 

私は、自分が病気だと認めることが嫌で、治療を受けることが嫌で、治らないなんて聞きたくなくて、なんとか根治を目指せる道がないものかと探しました。

 

この東洋医学の先生は私の希望だと思っています。

 

寛解できたならば、次は漢方などを併用して薬を0にできる道を目指すつもりでもいます。

 

末期ガンから完治できた人がいます。

 

もう歩け無いと言われたのに、歩けるようになった人だっています。

 

きっと、自分たちには色々な可能性があると私は思っているので、膠原病だって根治できるはずです。

 

そう思っていたら、きっとそうなっていけると信じています。

 

今現在は病気と向き合っている方々と同じようにステロイドや免疫抑制剤を服用することになったわけですが、根治を目指している気持ちだけは変わりません。

 

きっと、もっと早く病気がわかっていれば、ステロイドではなく漢方で治せていたのだろうなと思っています。

 

ご飯を食べていると、制限のおかげで計算しまくりながら食べている自分に対し、好きなものを好きなだけ好きなように食べられる家族の姿に不意に涙が出てくることもあります。

 

だけど、この先きっとまた自分もそう戻っていけるはずだという希望は捨てていません。

 

さて、入院は3月1日からでした。

 

指定難病の申請は入院前には出せましたが、ギリギリとなってしまったので入院中に届くことはまずありません。

(4月29日現在も届いていません)

 

入院が決まると徐々に食欲が回復し、ご飯が美味しく食べられるようになってきました。

 

この期間が最後の制限の無いご飯になるとは思わなかったので、正直もっとケーキとかアイスとかオムライスとか焼き鳥とかお寿司とかいっぱい食べとけば良かったなぁと今は思っています。

 

入院2回目とは言え前回は検査入院で4日間ほどだったので、今回は前回に比べて少し荷物が増えました。

 

と言っても日用品以外に持ち込んだのは猫のクッションくらいですが。

 

眠る時、横になるとこの時期は呼吸がかなり苦しかったので、帰省してすぐの頃に母が妹から誕生日にプレゼントされた猫のクッションを貸してくれました。

 

サイズ感がちょうど良くて抱いて寝ると随分楽なんです。

 

本当は持って行くつもりはなかったのですが、母が絶対あった方が楽だと強く勧めてくれたので、入院中の大事な相棒となりました。

 

童顔で年齢より若く見られるとしても実際は三十路です。

 

三十路で猫のクッション抱きながら眠るのってどうなの・・・と我にかえる瞬間がありますが背に腹は代えられません。

 

実際あって本当に助かりました。

 

あと一人でも寂しく無い(笑)

 

大部屋か個室かは入院当日にならないとわからないと言われたので、荷物は極力抑え目に準備しました。

 

入院期間中の話しは、また次へ続きます。