今日は幼少時代にぼっくんママが
母親の言葉にどれほど影響を受けて
成長してきたか
ぼっくママが母と同じく親になり
母が子どたちに発してきた言葉がけを意識し
自分がどう子育てに
向き合ってきたか
子育てする際、どんなふうに行動し
娘にどういった言葉をかけてきたかを
書きたいと思います
コロナが明け3日目の朝
お仕事が定休日なのを忘れ
うっかり出勤してしまいました
コロナで出勤できない日が続き
とても焦ってしまい
その焦りや不安や恐怖心が
夢にまで出てきてたぼっくんママ
3月までに仕事で手ごたえのある成果と
実感が欲しい
やっとやっと
やりたい仕事につけたから
なんとしても成果を得られるようにしたい
から
それだけ今の仕事をずっと続けていきたい
若いころからの夢を実現するために
そのため9年ほど前から
いつか習おうと思っていて始めた合気道
昨年から今年の3月いっぱいまでお休みしています
出勤時間は7時半前後
間違えて出勤し帰宅しても今日は
まだまだ時間がある
昨年初めて両親が連れていってくれた歌舞伎
お能や歌舞伎を子育てがひと段落したら
いつか見てみたいと30代の頃から本を読んで備えていました
一番お安い席なら3500円
劇によっては海外の観光客のお試し用に
1500円のお席が用意されてると聞いていました
行ってみよう、、、
ネットで調べると
午後の部なら3500円のお席が数枚残ってる
歌舞伎座に連絡して聞くと
当日券は歌舞伎座に直接来ないと買えないとのこと
よし
行くぞ~!
いつ今のぼっくんママの身体が
変わってしまうか分からない
この1年半、毎日自分の身体がいつか
どうなってしまうのか
もし立ち向かったとしても
装具をつけても
元の身体に戻る保証はありません
今治療を受けるリスクの方が圧倒的に
高い
治療をしないと
少しずつ進行するのは確実で
でもあるいは進行が
止まる可能性もあるかもしれない
リスクの高い治療を選択する時に
治療ができるかはわからない
今 治療を選択しても
現状維持を選んでも
どちらにせよ
高いリスクは避けられません
だからこそ
今しかない
いま この瞬間の自分の思いと命を
大事にしよう
そう思い
生れて始めて一人歌舞伎座に向かった
ぼっくんママです
午後の二部を観劇しました
急いで電車に乗り
歌舞伎座へ
チケットを買いに地下に向かうエスカレーターで
海外からの観光客の方がチケットを
数枚手にする姿が目に入りました
家を出るときにネットで見ると
一番お安いお席が7枚残っていました
買われちゃったかな、、、
ドキドキしながら
チケット売り場へ
受付の方から「先ほど売れてしまいました」との言葉
次にお手頃なお値段のお席は余裕があるとのこと
何とか手持ちで買えるお値段
その場でチケットを購入しました
上演まで時間があり
6年ぶりに築地本願寺まで歩き記念撮影
今回の演目は
松本白鷗さん(鷗の字ですが正式な文字の変換が見当たらず。近い文字を使わせていただきます)
松本幸四郎さん
市川染五郎さん
親子3代
市川猿之助さん
と ぼっくんママでも分かる方が出演されてました
とても
美しくて
笑いがある
歌舞伎の世界は不思議です
初めて見たときに
「また見たい」
と強く思いました
自分の命を喜ばせること・大切にすること
自分で自身のご機嫌を取る
すると幸せな気持ちが優しさに変わり
周りにいる人をも大切にできるんだよって
と耀く笑顔でいつも励ましてくれる先輩
いつどうなるか分からない
この身体
痛みは毎日いつでもぼっくんママに
残された時間を無駄にせず
生ききることの大切さを知らせてる
初めて一人歌舞伎座デビューしたこと
娘にラインしたら
「すごいです!!!それは良かったです」
とともに喜んでくれました
小さい時からぼっくママの興味のあることや
うれしい出来事に対し
先ずは否定的な言葉から話し始める母のもと
育ってきたぼっくんママ
どこぞやのお子さんと比べられるのも
しよっちゅうで
ほめ言葉の前には
「○○はこれはダメだけど、それはうまくできるわね」
はなから
頭から
否定されたほめ言葉が当たり前
自分の本当の気持ちを押し込め
言われたことを毎回素直に受け入れてしまい
聞き流すことさえ知らず
母に認めてもらいたくて
一生懸命に生きてきました
(パパと出会ってからはこの連鎖を断ち切れるようパパに支えてもらいながらたくさん努力し今は母ととてもいい関係です)
そのため
自身が親になってからは
娘の興味のあること
どんなに小さくても娘が頑張って得た成果
周りから見たらたいしたことないようなこと
娘なりに目を向け努力してること
などなど
どんな状況にあっても
まず1番に娘がその時その時に感じてること
気持ちに寄り添えるよう
言葉を考え、選んでやり取りし
娘がうれしいことは無条件にともに喜び
悲しい時は悲しみを受け入れ・分け合えるよう
苦しい時はその苦しみに寄り添い
(思春期は寄り添えずお互い地獄の苦しみでしたが)
怒りが立ち籠めてしまったときは
その怒りを抑え込み
心の奥底で滓となって
後々、自分自身をその怒りで押しつぶして
しまわぬよう
怒りの感情に目を向けて向き合い
その時その時に
その怒りをうまく開放できるように
関わってきました
ぼっくんママの父も
ぼっくママ以上に
娘にこうした気持ちと行動で接して
くれています
娘がぼっくママの歌舞伎座デビューを
ともに喜んでくれたこと
感謝とうれしい気持ちを書いた言葉を送り
「誰かの喜びや興味あることなどに共感して
素直に一緒に喜んだり楽しむ○○の姿、尊敬しています」
と返信しました
すると
「ありがとうございます。
お母さんも日本文化に触れる機会があって素敵です」
との言葉を掛けてくれました
ほんの数回のやり取りですが
たとえ親子であっても
時に激しくぶつかり・対立し
理解できない思いが沸き上がっても
子どもだからとか
小さいから言い聞かせても
変わらないとか
どんなに理不尽な状況になっても
怒りも
苦しみも
辛さにも
真正面から向き合ってきたから
今があるんだって思います
看護師時代から
さまざまな患者さん・ご家族
訪問に伺ってきたご家庭を
見てきました
外から見えることからは思いもよらない
それぞれに色々な状況がありました
そうしたなかで
たどり着く思いは
血の繫がりは難しい
ということ
それでも
血縁だからこそ分かり合えることがある
助け合えることがあるはずだって
血の繫がりがあるからこそ
親子の立場に優劣をつけないよう
お互いを尊重して生きていく事を
何より大切にして生きてきました
思春期の頃の娘との生活は
まさにこの世の果てだったけど
「家庭は小さな社会」
娘を産んだ時にどこかで聞いたか
本で読んだか
今となっては分かりませんが
いつもこの言葉を胸に言い聞かせ
歩んできたこと
娘が人の喜びや悲しみや
苦しみを察知し
目の前にいる人にどう接し言葉を掛けたらいいか
時に考え
時に悩み
そっと誰かを勇気づけ
ともに笑い
ともに喜び
誰かとともに生きていくこと
相手や周りにいる人の気持ちを
尊重する心を育んでくれたこと
いつか
この先
ぼっくんママが立ち向かうその時に
ぼっくんママの大きな希望になるんだろうな、、、
と帰りの電車でふと思ったのでありましたとさ
ママ
ママだけ楽しんでちゃダメでちよ![]()
パパには帰りにお肉屋さんの和牛メンチカツとコロッケなどをお土産にしました
キュートながんもくん![]()
可愛いという理由だけで載せてしまう
親バカなぼっくんママです
ぼっくん好きだよ〜

大好きだよ〜
と
この4年、自宅でぼっくんと目が合うと飽きずに毎回大声で叫んでる 笑
(ご近所迷惑にならないよう細心の注意を払いつつ)






