最近病気になったことを自覚し始めたあたりから、どんどんおかしくなっている。


病気の直接的原因の両親が憎くて憎くてたまらない。


些細なことから何まで行動が許せない。


まえまでは疎ましくも簡単に避けれていたのに。


いま、弟が連絡もなく帰ってこないからと親父はドアロックのチェーンをした。


果たしてそこまでする必要性があるのかわからない。


家に入れない恐怖ってトラウマにもなりえるのに。


恐怖でもって教育とは意味がわからない。


おれは幾度となくそういうことをされて口説明で構わないことも過剰に態度で強要されて


今日まで至ったせいで病に冒されているのに。



またそういうことを繰り返すのかよって気分です。


高校生になりたてで浮かれて調子に乗るのもあまりよくはないけどそうやってルールだなんだって


体罰ばかり与えて気持ちに制限をかけるのって


いずれ大きい負担になるはず。


まして親父なんて昔の話じゃ、ヨ遊びなんて当たり前だし、入った給与はその日の内に使い果たすだの


はっきり言って人にものを言えるような人間じゃないのに。


だから俺は親父の言葉は素直に聞き入れることができない。母親が散々俺にそんな話ばかりして親父に対するストレスを発散していたとき俺はそのストレスを浴びていたわけだよ。


日に日に増えていく親父への恨みつらみ。


母親に対する恐怖心。


この二つが言えなくて苦しんできたのに、俺はこれ以上何を我慢しろって言うんだ?


それに俺はここ以外どこに行けばいい?


周りにすがる?もう正直働くことすら限界なのに?更に迷惑かけることになるじゃないか。



それに、少し休ませてもらいたい旨を伝えれば、一生ニートでいればいいじゃない?私たちのすねをかじり尽くせばいいよ(笑)とか。


母親も同じような、たぶんもっと深刻な状況何だろうけど言葉が過ぎるし、俺だけ苦しめばいいんだ。としか聞こえなかった。



こうやって休みの日でも、何処にも出たくないし一歩外に出れば恐怖心が付いて回る。


買い物してても、何かを見てても、精神がおかしくなりそうになる、景色もゆがむ。


ときどき。いやもうほぼ日々全て投げ出してしまいたくなる。



楽しい気分にも久しくなっていない。希望なんてあったもんじゃない。


正直居心地の悪いこの家に居るよりほかに行ってしまいたい。でも、そのために俺はどうすればいい?


こうしたいってのはあるけど、今の状態じゃ。どうしようもない。


お金をためるにも、気力が持たない。



だから、解決法は親がわかってくれるしかないんだよね。


本当に理解してくれてサポートしてくれればいいのにそんなのしてくれない。


絶対やってくれない。最近母親は何かにつけて俺に突っかかるようになったし向かい合えば「全てから逃げている」としか言わない。


親父は、精神疾患の人間を腹の内で笑っているのか?母親のことだけは心配して俺は放置。



おんなじ病なのに。


息子でも何でもないのかもしれない。


あいつらが今はとにかく憎い。憎くて口もききたくない。あいつらが作ったものすべて嫌い、まずい。


そんな負の感情しか生み出せなくなった俺が一番憎い。




昨日あまりにも途方に暮れて書いた記事。だけれどあんな苦しいだけを訴えるようにしていただけなんだが


気持ちはほんの少し軽くなった。


だからこれから毎日とは言わないけど、書けるときは書いていこうと思う。


でも悩みとかつらさとかだけ書いていたらいつまでたっても前進しないから



楽しかったこととか嬉しかったこととか、そういうのも含めて自分をさらけ出せる場所にして行けたらいいのかもしれない。


だから、少しでも足を前に出して行進できるように。そういう自分になれるために


続けられたらいいな。



というわけで、誰が見るわけでもないけど今日のこと。




相変わらず朝から体調は最悪。前日の夜も中々寝付けなくて深夜一時半過ぎにようやく眠りにつけて


目が覚めたのが、朝の五時。


最近ぐんぐんと寝つきが悪くなって、眠りが浅くなって、眠る時間が短くなった。


そのせいか、朝家の玄関を出てまえを向いて歩こうとするとふらついていてバイクに乗るのがちょっと怖い。


今日なんかは特にちょっと朝から気分がすぐれなかったのもあってか、出勤まで時間が少なかったから無理やり出発したけど、信号待ちとかが怖くて一通の道を逆そうすれば信号に当たらないで仕事場に行けるから


逆走して行ったけど出勤のわずか数分も今日一日乗り切れるかが不安だった。


郵便局のバイク置き場に着いたときに精神安定剤を飲み忘れていたことに気づいて水なしで飲んで


少ししたら気分がよくなってきたのでいつもの作り笑いで班の自分の立ち位置に行った。


班の人は俺が病気なことを知ってる人が数人。あまり自分から言いたくないから信用している人と、仕事上どうしようもない時のために班長といつも色々相談する社員には自分の状態を報告はしてあるから


分かってる人はなんとなく無理はさせないようにしてくれていて、でも申し訳ないから無意識に無理を働かせようとしていたみたいで


班長がすかさず肩をたたきながら「無理しないで。すこしずつやればいいよ」と言ってくれて


本当にうれしかった。入って日が浅いおれでも班の一員として認めてもらえてるんだと思った。


恐らく周りの評価なんて一人ひとり違うんだけれど、無理しながらもやっていたことを分かってくれていた周りの温かさが本当に救われる気持になった。


自分で言うのもなんだけれど無理ができていたころは恐らく、アルバイトと社員を含めた中でも班の中では断トツで多い地域を任されていていつも周りの社員さんの二倍は物量も持っていた。


自分でも無理ばかりしてるなとは思っていたけど、その反面それができてる自分が周りよりできているというちっぽけなプライドだけが楽しみだったりもした。

でも時間がたつにつれそれができて当たり前。日常の下地が無理の範疇になっていたんだよね。


それが今回の最大の引き金で、結局は無理しないで少しずつやるよりもっと大きな迷惑をかけてしまった。



それが悔しくて仕事場に居るのがつらいっていうわがままだ。


正直薬飲んでたって自分自身が変わっていかなければ


本当に意味がないものなんだと思う。



だから変わりたい。少しでも自分らしさを見つけられたらいいなぁ。



ついさっきまで妹とその彼と弟とカラオケに行ってたんだけど、不安がけし飛ぶくらい楽しかった。


歌うことが大好きだからそれは本当にプラスに働いた。最近見せなった笑顔も見せれたと思う。


歌って不思議だね。音にことばを載せてるだけなのになんであんなに輝いたりするんだろう。


正直あまりストレートなメッセージより捻くれたというか、考え過ぎてこんがらがってるけど言いたいことが分かる歌詞とかが好きなんだけど


たまには「報われるよ」より「元気出そうぜ」もいいかもしれない、ね。


毎日毎日道を歩いてるのは1人じゃないし、つまずいて転んでる人もいて、さっそうと走ってる人もいて、落ち込んでしゃがんでる自分みたいなのもいる。


人生は終わりなき旅で、どこまで進んでもはっきりした景色が見えない砂漠のようなものでさ。


オアシスなんて実際そんなに多く見当たらないし、どっちかっていうと山あり谷ありで。


でも、たったひとりじゃなくて周りにいろんな人がおんなじように苦しんだり努力したりしてるんだよね。


人間の首って右にも左にも縦にも下にも曲がるから厄介で、そんな中まえだけ無効としているのが人なんだよね。


そんな人たちと愚痴言いあいながら、笑い話しながらゆっくり歩くのもまた人生なんだろうなぁ。



いつまでだったかな。そんな日が遠い蜃気楼だけどあった気がする。確かにあった。



其処に戻りたいとは思わないけど、それに似た日々を新しく創造していきたいとも思う。


現実は甘くないし、待ってくれないし、言うこと聞かないしはっきり言ってしんどいけど、



よく目を見開いて考えた。俺って苦しいだけじゃないんだってね。


今は確かにちょっと下降線を辿ってるけど、きっといつかこの山も谷も越えられると信じたい。


だから前向きになっるようにしよう。それが今の俺には一番の良薬何だと思う。


さぁちょっと前向きになれたし今日はこんなところでやめにしよう。









どこかのsmsサイトじゃあまりにも公表できないことだからこっちに書く。


ここ最近仕事だろうが休日だろうが関係なく謎の焦燥感と不安と眩暈と意識が飛びそうになるのが頻発&長時間継続が増えてきて仕事もままならない日が増えてきて早退する日が増えてきて


耐える以外に方法が見当たらないから、ただひたすら我慢していたんですが


母親が友達の自殺をきっかけにパニック障害その他いろいろな精神病にかかっているのが判明し


おかしくなっているのを、おかしくなりきってる自分がサポートしていたら自分が限界を迎えてしまった。



そして先日母親に初めて精神科にかかることを認められ(これについては後記)病院に行ったら



・抑鬱症     ・パニック障害   ・自律神経失調症   ・過食症 ・軽い不眠症


と診断を受けました。  



しかもカウンセリングをしていた時点で判明したのがパニック障害と自律神経失調症は約七年前からだということ。



正直分かってはいたんですが、言われたら言われたでショックと言うか自分がそうなんだということが頭から離れなくなってしまいまして、いま薬を飲んでいますが


はっきり言ってより悪化しました。


仕事に行く気力どころか、仕事することの恐怖。



なんで恐怖かと言うと、症状が出てただでさえつらいのに周りに迷惑をかけていることで更に明日が怖くなってきて行きたくないのに行かなきゃいけない、っていう。


なぜこうなのかは自分でも理解しています。解決の糸口も知っています。知ってますが、それは無理なのです。



自分のこういった状態のルーツは全て家族のことだからです。


上記のとおり約七年前から病にかかっていると書きました。


なぜ七年もの間我慢しなくてはいけなったのか?それは第一に母親にあります。



自分なんかより昔から常人では信じられないような苦痛や劣悪な環境で生きてきた人だと小学四年生のころから毎日のように聞かされていました。そのたび号泣する母を見て子供ながらにその姿が素直にみてるだけで苦痛だったんです。


そしてつい最近まで親父の育児放棄、DV等…長男からかいつも両親からの風あたりを受け続けてきました。


親父が暴れれば悲鳴と破壊音、その音のせいで未だに騒音と言うかディズニーランドとかの喧騒だけで恐怖が湧いてくるんです。


そして親父が荒らしに荒らした後の事後処理はいつも自分でした。



泣きじゃくり、発狂する母の親父に対する恨みつらみを聞く。そんなことを繰り返すうちに親父が恨みの対象にすり変わり始めたのが中学生の頃だったと思います。



自分が中学生になっても親父は暴虐武人の限り。とうとう母親はうつ病にかかる始末。そして毎度ながらその相手や対象は自分。


このころ初めて好きな人ができて告白して付き合うことができた。でもすぐに振られて、それが直接の原因か知らないが女子の軍団から執拗にいじめを受けるようになった。


大体このころからか、作り笑いで全て誤魔化すようになりました。


どんなにつらくても笑っていれば、最後に笑えていればとあの時はそう思えていました。


こんなときいつも支えてくれたのは音楽でした。当時はMDだったか。ミスチルが好きで好きで、終わりなき旅とかonetwothreeとかエニーとか気持ちを救ってくれる音楽だけが支えだったなぁ。


でもストレスと言うか気持ちのしこりは腫れあがるばかりだったんだろうね。



で、いつの間にか自分もこうなりたいなぁって。こういう風に誰かの心を救える言葉を書いてみたいなぁって


歴史に残るとか名作とかじゃなくて誰かの心に刺さる音とか言葉を創造できたらなぁって。


だから、ギターが欲しくてでもバイトなんてできないからお年玉で買おうって決めてたんだけど、


親に初めてこれがやりたいって、ギター弾きたいって言ったら「すぐに飽きるんだから絶対に買うな」


これがたぶん最初の完全否定。そしてこの先から現在まで続く俺に対する絶対否定とエゴの押しつけの始まり。



でも当時はよくわからなくて、なんども言葉にしてどうしても欲しいと気持ちを伝えた。


そしたら高校に受かれば買ってやるって言ってくれた。これは本当にうれしかった。


でも、なんだか勉強って誰でもだろうけど対して好きでもないし成績もそれなりに居ればよかったから


当たり障りのない位しかやってなくて、高校受験が控えた数か月前まで本当に全く勉強していなかった。



これはものすごく今でも反省している。本当に自分の現在を決定づけてしまった気がする時期でもあったと思う。



逃げ癖と言うのか、それを見かねたうつ病からの病み上がりの母は親心なのか、鬱からくるものなのか


ただ叱るというのではなく恐怖を刻みつけられるような様々な制裁を加えてきた。


不器用だったのかもしれない。そうかもしれないけれど


それがきっかけで一つタガが外れてしまった。


今まで散々ため込んできたストレスが爆発してしまった。何処に居ても何をしていても恐怖と焦燥感。とらわれるように布団にこもりながら「しにたくない。」を連呼していたのをいまでも覚えてる。


色々書いてきたが、このことは実のところ誰も知らない話。俺だけがひたすら隠してきたこと。


なぜかというと相談する相手がいないのと、相談相手と錯覚していた母は俺の言葉、行動そのたすべて、母親の持つエゴという常識ないから逸脱していたら異端児扱い。


助けてほしくて苦しんでいると、「苦しむなんて情けない。」「そんなに逃げて何が楽しい」とか


ほんの一部にすぎないけどこんな言葉ばかり。


だから、気持ちの病気なのを知っていたけど病院に行けなかった。


保険証も親が常備していて、とてもじゃないけど精神科に行けるお金も持ってなくて。


涙ながらに訴えても否定されて、おれはどんどん深みにはまっていってしまった。



あまり書いてないけど親父がちょっとしたことで切れるからいつも居間は凍りついていた。

母も人間だから体調が悪い時もある。そんな時親父は目もくれずテレビを見て爆笑。おれは心配でいつも看病とかしてた。その癖はいまだに抜けず母が少しつらそうだと条件反射で色々と家事なり何なり全部やってしまう。


いつも心配で仕方ない母親だけど、どこか反面そばに居たくもない複雑な感じだった。


この間判明したが、親は逆に考えていた。はっきりと母は「困った時は俺」とまるで疑似旦那扱いだった。


恐らくそれも見えないストレスだったと思う。



そして先月中のこと。先述の通り母親が精神科に行ったとかいた。


これがきっかけで、母親は初めて俺が我慢していたことを知っていながら自分のエゴですべて無視していたことを泣きながら謝罪してきた。



まさか自分の子供がなるわけない。


まさかそんな弱い人間なはずがないと。


あまりおに唐突にそんな言葉を聞いて俺はいつも通り「大丈夫だよ」しか言えなかった。


本当にいつも通り。あっけにとられ過ぎて怒りもわかない。平常平常。


と思っていたけどもう限界なんてとっくに超過していたみたいだった。


仕事に行くたびに体調が悪化する。不安と焦燥感でバイクのハンドルすら握れない。



逃げ場なんてどこにもなくて食べることと、寝ている間(すぐに目が覚めるけど)以外生きる気力も希望も未来も


何も見えない。



暗闇ならまだまし。本当になんにもない。どうしよう?とか思うことすらできない。


助けを求めて病院に行ったけど魔法のようにすぐには治らないからそれが不安でまたおかしくなりそうになる。



今日も仕事早退したし、先週も一回早退した。周りの目も少しずつ距離を感じてきてる。


本当に何がしたいんだろう?このまま生きていて何があるんだろう?


希望的観測じゃなくて、確かな希望って落ちていないものなのかな?


動き出せないのに動き出せって難しいこと言われてもわかんないよ?


明日も仕事なのに今からもう怖いし、俺の人生いったい何なのだろう?


誰かに同情してもらいたいわけじゃない。誰かに聞かせる話でもない。


でもこういう風に少しはけ出さないともうやりきれない。


病気な自分が許せないし、なんでこんな運命でしかないのか苛立つ。


しかもどれもこれも精神病。あほらしいよね。


でも一つ精神病患者のくせにイレギュラーなのが自殺したいとか、生きていたくないとかそういうのは全然ないことかな。


そこだけはまえを向けてるんだよね。


でも家族が本当に俺のこと理解してくれるまで永遠に解決しないよね。


ここに書いたことが本音の一部なんだがたぶんこの一部でさえ彼らは知らないから。


いまさらわかってもらっても嬉しくないし、むしろ両親に対する恨みが膨れ上がっている今だんだん抑えられない自分が怖い気もする。


ワイドショーにだけは乗らないように気を付けると肝に銘じて


駄文を書き終えにします



では