新たな旅立ち
優勝の興奮も冷めやらぬまま、海外組の選手たちはそれぞれのクラブへと合流しました。
Jリーグ組は、今夜日本へ帰ってきましたね。
李くん、テレビに出ずっぱりでした(笑)お疲れ様。
そして、圭佑くんもvoiceに「進化したい」との言葉を残し、CSKAのキャンプに合流すべくトルコへ
旅立ちました。
今回、シンプルね。
アジア杯優勝、MVPをもってしてでも、MF本田圭の心が満たされることはなかった。
半そで短パンで取材に応じ、自己批判を展開。
「日本代表、本田圭佑はレベルが低い。もっともっとうまくなりたいし、強いヤツに勝ちたい。
世界中に認めさせたい」。
チームとしても、個人としてもアジアNO1の座を手中にした選手とは思えない言葉を口にした。
決勝戦は、延長後半にFW李の決勝点で優勝を決めた。豪州の空中戦に苦戦を強いられたが、
守備陣が奮闘。守って、一撃をものにした。本田圭も守備に走り、勝利に貢献したが、
攻撃では球離れが遅く波に乗れない。狙った無回転FKも壁に当てた。今大会はPKによる1得点だけ。
あれだけこだわってきた、ゴール前での個人能力を発揮できなかった。いや、しなかった。
「それは、自分の力のなさに尽きる。今のオレには、チームを救える力がない。
優勝させる力がないから、自分のエゴを消した」。
初めてのアジア杯。加えて、ザッケローニ監督は就任したばかりで、チームのベースを作る時期と
重なった。強引な突破は控え、パスを探した。
結果は「今やったら、チームにマイナスと感じている」と後悔する目になった。
「自分のプレーと、チームが優勝した満足感は完全セパレート(別物)。プレーは不本意。
オレは器用やから、プレーを切り替えてしまう。そんな自分が嫌だ。
今までは、目立つために、成り上がるために、守備やパス、あえていろいろなことをやってきた。
それをやると成長スピードが速い。でも、しないと日本人のスピードになってしまう。それじゃダメだ」
今合宿、携帯ゲームを持ち込んだ。選手6~8人が集まって、協力して恐竜などを退治するゲーム。
本田圭が加わるのは初めてのことだった。
常に「オレが」と先頭を走ってきた姿勢を変え、宿舎内では仲間に歩み寄った。
だが、プレーまで変える必要はなかった。
「MVPは個人的にヤットさん(遠藤)。替えの利かない選手だった。
いなかったら優勝できなかったと思う。オレは、周りに助けられた感がある。
この大会は優勝して良かった、の一言に尽きる。アジアと言っても、何も成し遂げたわけじゃない」。
MVPにも、優勝にも満足せず、前を見る。本田圭が「オレ流」を復活させ、成長の階段を上る決意を固めた。
少しだけ照れながらMF本田圭祐はトロフィーを掲げた。92年のカズ、00年の名波、04年の中村に続く
日本人4人目の大会MVP。韓国、オーストラリアを倒しての優勝には
「今までの優勝以上にこの優勝は価値がある」と胸を張ったが、
その半面、MVPの受賞には複雑な表情を浮かべた。
「(MVPは)チーム全体に贈られたもの。今回はそういう大会だった。チームメートとスタッフに
捧(ささ)げたい」。
あくまでも“チームの代表”として受け取ったとの思いが強かった。
「自分が見せたかったことが見せられなかった。その点では悔しさが残った。
もっと全試合を通じて圧倒したかった。全部がギリギリで周りの力に助けられた。
俺個人が目指す理想はそういうものじゃない」
左足首捻挫で欠場した1次リーグ・サウジアラビア戦以外の全5試合に出場。
全14得点中6得点に絡んだ。決勝のオーストラリア戦では前半30分、
37分に決定的なパスで得点機を演出。
延長前半14分には長い距離を走ってゴール中央から左足シュートを放った。
全てネットを揺らすことはなかったが、強じんなフィジカルとテクニックで攻撃陣をけん引。
それでも“持ってる”男は、今大会1得点に終わった自らに不満を感じていた。
「全てのアタックにおいて個を高めていきたい。僕が本当のトップレベルの選手と争って
勝つにはソコですね。次、何かの大会で優勝した時は“俺が優勝させた”と心の底から言えるように。
個人的なプレーでチームを救える存在になりたい」
優勝した中でも課題は分かった。現在の自分の立ち位置も理解した。
そして出した結論は“まだまだ伸びシロはある”ということ。
アジア王者の誇りを胸に、再び本田圭の世界一を目指す戦いが始まる。
圭佑くんだって替えのきかない選手なのに(笑)
でも、高い頂を目指す彼らしいコメントだと思います。
voiceもそのような内容でしたね。
圭佑くんが戦うなら、黙ってついて行くまでです。
どこまでも応援しますよ。^^
今日から2月。私も気持ちを切り替えて頑張らねば!





