chachaのブログ

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日常生活の一齣を切り取って、皆さんにお届けします。

  主人は絵が描けたのに

今日は一日中15年前の津波のことでテレビ番組はあれこれと思い出を映し出していたり、15年経った現在の様子を映し出したり。

何年経っても大事な人を亡くした事は忘れられないものです。

関係ないような遠くいる我が家は全く関係ないようでもそれなりに関係を受ける事となり、この日が訪れる度に毎年

「あの津波が無かったら・・・。」

と思うのです。

でもどんなに思っても無かった事にすることはできません。

 

どの範囲か分かりませんが、震災後ガソリンが買えなく成ったり計画停電になったりで、先行きが不透明だっただけに不安がつのりました。

主人は私が道場に通うためにと、私が知らないうちに早速電動自転車を買ったのです。

その自転車は何故か私には乗りづらくて、練習しても全く体にフィットしないのです。

何度か練習していても、その度にカーブする時倒れてしまったのです。

 

ガソリンは直ぐ買えるようになり、車の運転も出来るようになったので私はそれ以来乗る事を諦めていたのですが、主人は大分気に入って乗って出かけるのを楽しんでいました。

 

しかし矢張り失敗しました。

自転車で乗っている時転んでしまって車と衝突。

我が家の直ぐ傍でした。

救急車で病院へ運ばれ暫く意識不明の状態でした。

本人は事故の時の事は覚えていないので事故に遭った怖さは記憶にないのです。

 

何とか左腕が使えなくても絵は描けると期待していたのですが、痛みが消える事はありませんでした。

それでも数年間はかなり長い距離まで歩いてリハビリに頑張っていたのですが、痛みは年々増すばかり。

10年後ぐらいから絵を描く力も無くなってしまいました。

 

痛みと闘いながらも何とか生活していましたが、12年後 2023年11月3日午前1時03分遂に命がつきてしまいました。

痛みから解放された主人の顔は穏やかでした。

 

風彦を見送り主人を見送り、もう私には思い残すことは何もありません。

自分では良い人生を過ごせたなあと思いながら、二人が迎えに来るのを待っているのです。

でもそれまでに身の回りを整理しないとと、チビリチビリと片づけている次第です。

 

3月11日の震災の日が来る度に、私は主人の事を思い出しています。

命の重さは年でも年数でもありません。

一人一人がそれぞれ同じ重さの命を持ってこの世に生きてそして亡くなって行くのです。

風彦は18歳と11カ月、主人は80歳と5カ月。

私は後何年でしょうか。

 

今朝先週出しそびれた資源ごみを外に運び出しました。

   

兎に角主人の本が重くて腰を思いっきり曲げて袋を引きずりながらここまで運びました。

段ボールはそれ程でも無いのですが兎に角本は重いです。

 

今朝は良く晴れて太陽がピッカピカ、でも風が冷たくてこの風さえなかったら気持ちの良い春が感じられたでしょうに。

        9:33 東の空

   

 

この後二週間ぶりのヨガクラス。

そして15:00からカーブス。

 

   カーブスに出掛ける時のプレハブの上の空  15:10

   

風が冷たくて、急ぎ足で会場へ向かいました。

午前中ヨガクラスが有ったので、カーブスは手抜きをしながら機具を回っていました。

   

    やっぱり「ぼくには 私には関係ないニャン」

 

 

 

 

 

 

 枯れても好きだったので

昔昔 足利から持ってきたミニサクランボの苗木を植えていた事があります。

足利の弟の家では今でもしっかり沢山実を着けている様で、実がたわわなっているサクランボの木の下で大勢集まってお楽しみ会をした写真を昨日姪の旦那が見せてくれました。

まだまだ元気だという事を知って嬉しくなりましたが、一体何年なり続けているのでしょうか。

多分60年以上は過ぎていると思います。

 

その脇芽から育った苗を、私がこの家に移り住んだ数年後植えてみたのです。

数年後にはそれはそれは良く育って、真っ赤なサクランボが沢山なりました。

まるでルビーのように赤い綺麗な実でした。

でもこの我が家では土も悪いし、それ程大きくなっても困りました。

子供はそれ程食べないし、私がサクランボ酒を作ったくらいでしたね。

 

私が木を始末できる内にと、勿論主人に頼んでの事ですが切ってしまう事にしました。

暫らくはヒコバエが沢山出てきてそれを始末するのが大変でした。

 

数年後はヒコバエも少なくなり、遂に本体の幹は枯れる事となりました。

  

ご覧の通りすっかり空洞になってしまいました。

 

雪が降った日などはこの景色が好きだったのですが。

  

真ん中の木がその元のサクランボの木です。

枯れた幹も雪が降ったりすると風情があって良いですよね。

この枯れた幹がまだ元気が残っていた頃、矢張りヒコバエが次々に伸びてきていました。

少しは残してあげようかなあと思って切らないでいたのが、数年前から花を咲かせていたのです。

そして今年はその花の数も多くなっていました。

    先日もこの写真はご紹介しましたが。

   

 

そして遂に本体の枯れた幹はガラガラの空洞と化して、今日動かしてみたら直ぐに倒れてしまいました。

   

何とも哀れな姿ですね・・・間もなく訪れる我が身が重なってしまいました。

 

       倒れた後は浅い穴。

   

     丁度良い生ごみの穴となりました。

 

昨年無くなってしまったと思っていた背の低い八重のチューリップが元気に芽を出していました。

   

この分では今年はどうやら花が咲くかもしれません。

諦めていただけに、しょぼくれていた私の胸に余計嬉しさが込み上げてきました。

 

     ミニ水仙を鉢に植えてあげました。

   

 

   

      年々所かまわず増えていきます。

 

        今日も寒い一日でした。

   

東京の方では雪が降ったとニュースで知ってびっくり。

この辺は曇っていて気温は低かったのですが雪は降りませんでした。

明日もまた寒い日になるとか。

一体本当の春になるのは何時でしょう。

 

   

  

 

  また寒い北風が

今朝ニュースで青梅の梅(吉野梅郷)が綺麗に写し出されていました。

今年は早いのかそれとも遅いのか。

昔々私が卒業学年を受け持った時、卒業生を送り出した後同学年の同僚と吉野梅郷へ梅を見に行きました。

3月も下旬の卒業式の後でしたからよく覚えています。

それなのに寒くて寒くて、梅の花はまだまだ咲いていませんでした。

同学年の先生4人と一緒でしたが、仕方なく甘酒を飲んで寒さをしのいで帰って来ました。

この近くには吉川英治のご実家があり、当時は自由に庭に入る事が出来、縁側に腰かけていると家を守っていらっしゃった身内の方が、熱いお茶を持って来てくださったのです。

主人と行った事も有り、書斎を見せていただき熱いお茶を頂きました。

今では勿論入場料 駐車場代も払わないと入れません。

梅の花の季節になると、その時の事を思い出します。

 

ニュースでは満開の綺麗な画像が写されたのですが間に合いませんでした。

   

梅の花もそろそろ終わりのようですね。

そして桜に移行していくのでしょうね。

 

暦では確実に春に向かっているのに、このところの気温は寒くて寒くて何時になったら春が来るの❓と言いたくなります。

それでも我が家のミニ水仙が大分咲いてきました。

球根なのにどうして離れた所に芽が出るのだろうといつも思うのですが、今年もぽつんと1 2個の花が。

ちょっと他の種を蒔きたかったので掘り出して植木鉢へ。

   

    こんな鉢植えも可愛いものですね。

小さい鉢が沢山有るので、欲しい人がいたら鉢植えにしてあげようと思います。

 

12:22、太田の姪からライン

「明日そちらに行こうと思っています。」

「ただ何時に行けてどのくらい居られるか未定です」

「おばちゃんの明日の予定はどんな感じですか?」

 

「私は明日はカーブスだけですが、それはどうにでもなる事なので大体の予定が分かれば有難いと」返信。

姪は娘を東京の家に送るついでに寄るようです。

我が家に寄る用事は何だか想像はつきます。

娘に12月赤ちゃんが生まれて、その時以来姪の家で過ごしていたのです。

そして東京に送り届けるのでしょう。

姪にとってはちょっと寂しくなるでしょうか。

 

私にとっては今スマホの調子が悪くて姪に聞きたくてウズウズしていた所なので丁度良かったです。

でも何時になるか分からないとなると、そうゆっくり話す事も出来ないかもしれません。

 

今度足利に行くときに姪にあげようと思っていた、姪が産まれた時の可愛い写真が出てきたのです。

   

この赤ちゃんが今では娘と孫を連れてあした我が家にやって来ます。

勿論孫の赤ちゃんにはお正月に会っていますが。

 

珍しく今日は風子がダーウィンが来たの怪鳥の姿を追いかけていました。

   

   

それなのに茶々丸は関心なくスヤスヤ スヤスヤ。

 

何もしていなかったのに、今日も遅くなってしまいました。

今日からまたお相撲が始まったので楽しみが出来ました。

 

 

 

  英語のクラスへ

起きた時はキラキラ輝いていた空。

『予報は曇りの筈なのに❓❓❓』

と思いながら危険ゴミを外に出して英語のクラスに出掛ける為に(9:30)外に出たら空はどんよりとした雲が。

そして冷たい風も吹き始めていました。

 

実は最近体が思うように動かないので英語もお休みしたい気分でしたが、何しろ人数がたったの3人。

その内の一人は、小さなお孫さんを連れての参加です。

ですから都合が悪ければお休みするかもしれません。

行けば楽しい先生なので気分も楽になるのですが。

お孫さんを連れてでも参加してくださるのは、矢張り人数が少ない事を気にしてくださっているからなのです。

良いお仲間さんが入会してくださったので嬉しい限りなのです。

 

   

今日は公園の遊歩道に植えられている椿が沢山咲いていました。

 

可愛いお孫さんを連れて参加してくださったお仲間さんは、赤ちゃんが泣き出して気にしてしまいました。

その内泣き止んでスヤスヤ眠り始めたのにご主人に送り迎えをお願いしていたとかで、残念ながらご自分のトピックを話されてほぼ40分程で帰ってしまいました。

 

3人お孫さんがいらっしゃるのですが、お父さんがハワイ人。

お孫さんと英語でお喋りしたいからと入会してくださったのです。

 

英語から帰って小さな我が家の庭を見ると、春の花が元気に咲いていました。

   

ミニ水仙があっちにこっちにと芽を出していたのですが花も咲き出しました。     

   

 

クリスマスローズが背を高くして花が見えやすくなりました。

   

 

   

背が高くなったから切って花瓶に挿したいところですが、もうこうなったらお終いですね。

折角綺麗な花なのに、花瓶に挿せないのが残念です。

   

   

 

   

我が家の小さな庭を占領しているのはハナニラですが、やっと一輪だけ離れた所に咲いていました。

 

雲っていたり風が強かったりして寒かったのですが、季節は確実に春に向かっています。

昨日は啓蟄・・・土の中で眠っていた虫たちは動き始めています。

遠い国にもこの春を届けてあげたいです。

 

 

今日もマンテカさんの記事ともう一人「80歳まで歌い続けたい」さんの記事をお勧めしたいです。

 

 

 

 

 

  ほぼ2週間

先日から七転八倒していた東京都のアプリにやっと繋がる事ができました。

何度も挑戦しているうちにフリーズされてしまって、その度に3 4日待たなければならなくなり、それでも繋がらなくてあれこれ試行錯誤。

と言っても私がやったのではなく、全て他の人にお願いしての事ですが。

どうしてもパスワードで引っかかってしまっていたのです。

他の人がアクセスするための取説をご自分のスマホで読みながら悪戦苦闘してくださったのですが、私にその取説を読んでくださっても私にはチンプンカンプン。

英語より意味が分かりません。

便利になった分、私には日本語も理解できなくなってしまいました。

 

今日も冷たい西風が吹く中、道場生の先輩にお願いして再挑戦して頂きました。

結局パスワードを変更して解決したのですが。

以前バリ島に行く時に私のスマホでU-TANレディーが手続きをしてくれた時、パスワードを使ったので違ってはいないはずですがあれこれやっているうちにパスワードで引っかかってしまったのです。

 

兎に角繋がる事が出来て一安心。

こんなに大変なら11,000円は要らないと思っていたのですが、何とか無事に繋がって11,000円をゲットするところまでいきました。

実際にポイントが入るのは数日後のようですが。

知人は直ぐに貰えたと言っていましたが、最近この制度の事を知って申し込む人が多いので混雑しているようです。

 

アメリカがイランを攻撃した翌日、基地の飛行機が低空飛行を何度もしていました。

イラン攻撃に関係あるのかどうか分かりませんが、妙に不気味に感じてしまいました。

  

 

  

 

ロシアがウクライナに戦争を仕掛けた時、主人が

「もう戦争は起きないだろうと思ったのになあ。」

と言っていた言葉をまた思いだしました。

 

東京でイラン料理店を営んでいるマンスールさん、福島の鶴田画伯のお弟子さんでとても良い絵を描いています。

この戦争でイランにいる家族との連絡が取れなくなったと悲痛な顔でテレビに何度も写し出されていましたが、家族が無事であることを祈るしかありません。

 

  

 

  

    こんな二匹に私は癒されています。