月末はいつも鬼のように早起きで、鬼のような早出勤。睡眠時間が普段の半分で、へろへろながらヘロヘロだからこそのテンションで出掛けることに。
捕まえた友人の行きたがった店に到着、閉店時間オーバー…(笑)
従業員出入り口まで出て来て貰って対応頂くというヤクザな所業、笑った。
ご飯は道にあった店に適当に入った、でも思ったより遅くまでやっているのが高ポイントの、まあまあな味。
普段にない、珍しい話になる、意外な雰囲気。
キーワードはカレカノ。(≠漫画)
女同士が集まれば、そんな話ばかりになるのも別段、この年齢的に不思議じゃあ無い。自分の近しい友人だと全くそんな話が出ないってウチらが変わってるんだ。
彼氏が必要か否か、と言われると、実は自分は半々と答える。
付き合う、その前段階でもう既に疲れてしまう事が多い実情。「付き合う」のスタンスが違い過ぎて実際お付き合いに至らない。自分は淡泊というかあっさりというか、余りべったりした関係が居心地良くないもんで距離感とホントにそこそこの距離が必要になるから。まぁ、がっつり近くに来て欲しい時と離れてて欲しい時の違いが酷い、気分屋で最低なカンジなんだけれど。
若い間は(多分、若さゆえだと)そういう距離が相手に理解されなくて、揉めて終わる。自覚ある癖に直らない悪癖のひとつとして無神経だってこともでかい要因だろうけど。…直さんとな、うん。
で、女子同士の集まりでそんな話題になると、ちょっと居たたまれない気にはなるんだよなぁ。聞く分にはいいけど訊かれても提供出来る話題を持ってないから困るって、本当に心底それは思う。同情されて紹介されても、続かないの分かってるから結局断るし。
この時の友人とは今までそんなにこんな話をしてなくて(専ら趣味方面全開で話すから)、意外な気分と新鮮さをひっそり味わっていたりして。だから女子同士の時の困った感は無くて、意外な話の元になっただろう出来事を聞いたり、考えたり。
ひとからの見え方を考えるのは大事だなぁ、とふと。
そればかりを意識したらダメだろうけど、それを全く考えないのもダメな気がする。
どう在りたいか、それが基になって自分を形成するだろうから、ひとからこう見られたい、という自分が自分の理想に近い筈。
どう見えているか、を考えたなら自分の思うこう見られたい、に添わせられるよう、努力する方向は見えるんじゃあないかな。
ひと目だけ気にしたってしょうがないけど、自分を振り返る上でひとからの言葉は多少重要なところなんだなと。
改めてこんなこと思いつつもなかなか自分向上に進めてなくて停滞気味の毎日、少々反省。
お付き合い、については、するもしないも自分の自由なんだけど。
友達よりも職場よりも何よりも自分にとって特別だという位置にひとを置くことは、すごく色んな面で学ぶことが多い。
真正面からひとに向き合う、それは本当は凄く大事なこと。
年上だろうと年下だろうと、それこそ異性だろうが同性だろうが、共に在ろうとするための努力はなにより自分とその相手とを成長させるんじゃないかなと、思った。
ま、そんな大それたこと考えながら付き合うことって無いと思うけど。
とりとめのない独り言。
長い付き合いになりつつある某友人に、こんな、自分の思うことなんてのは向かい合って話すのが何だか照れくさいやら気まずい(恥ずかしい?)やらで。
もし、野菜に例えるならキャベツ、かな。
硬くて苦いところもあるし、甘くて柔らかいところもある。
何処の葉を見せるかは、自分次第なんだろうね。
以上、私信。