彼と私の最初の出会いは、短く、そして曖昧なものだった。
2023年の夏、アルバイトをしていた職場で、店の都合によって偶然知り合ったのだが、当時の私は体調が悪く、大学院の卒業準備で頭がいっぱいだったため、その頃の記憶はほとんど残っていない。

2023年8月、
退勤後に偶然、初めて短い会話を交わした。
社会的なコミュニケーション、いわゆるスモールトークだった。
自分の母国に彼女と一緒に行く予定だが、調べてもよく分からないのでおすすめを教えてほしい、という内容だった。

私は「分かった」と答え、
おすすめできそうな場所をいくつか選んで彼に伝えた。
当時は直接連絡を取る手段がなかったため、共通の知人であり私の友人を通して伝えてもらった。

そうして8月の終わり、
彼は元いた場所へ戻ることになり、「さよなら」をすることになった。
最後だとは思っていなかったその日、偶然出勤日が重なり、
短いメッセージカードを渡されながら、今日が最後だという挨拶を受けたことを覚えている。
おすすめした場所へのお礼なんだな、礼儀正しい人だな、と思いながら。
そうして、別れた。

あれはその年の10月だっただろうか。
私はSNSに、取るに足らない些細な日常を載せるのが好きな人間だ。

体が弱く、免疫力も落ちていた私は、
ものもらいに悩まされていた。
大学院の近くの眼科をいくつかリストアップして、
「ものもらいがなかなか治らないから、ここに行ってみようと思う」
そんな投稿をした。

しばらくして、
大学院で一般教養の授業を受けている最中に、
誰かからDMが届いた。

私はもともと、
SNSで自分の記録を残すことは好きだが、
やり取りは面倒で、コメントもできないように設定している。
それを知っている友人たちはLINEで連絡してくるので、
「誰だろう?」と思いながらDMを開いた。

彼だった。

「僕もものもらいのときにその病院に行きましたが、すぐ治りましたよ」
というメッセージだった。

こういうコミュニケーションを取るような人には見えなかったので意外だったし、
土地勘のない場所でどの病院がいいのか分からなかった私にとって、
とても有益な情報だったので、
ありがたく思い、お礼の返信をした。

私は、
感謝の気持ちは言葉だけで終わらせてはいけない、という強迫観念のある人間で、
自分の中で定めた「基準線」を超える感謝には、
ギフト券でも添えて気持ちを表すようにしている。

なぜかといえば、
母にそう教えられてきたからだ。

彼にも、
スターバックスのギフト券と一緒に感謝の言葉を伝えた。
当時、彼には彼女がいるという認識があり、
不要な誤解や噂を生みたくないという自己防衛もあって、
彼と同じ店舗で働いていて、私が好意を持っていたAという女性社員と
勤務日が重なったときに一緒に飲んでほしい、
そんな一言を添えたように思う。

数週間後、
再び彼から連絡が来た。
「もらったギフト券、今日使いました。ありがとう。」と。

最近の子にしては、
ちゃんと感謝を言葉にできる人だな、と思った。

それ以降、私は大学院の卒業準備で目が回るほど忙しかった。
私は外国人だ。
日本での大学・大学院生活は決して美しいものではなく、
孤独で、苦しい時間だった。
完全帰国を視野に入れながら卒業準備をしていたため、
精神的な余裕もなかった。
当時の私は、そういう状態だった。

何とか卒業展示を終え、
2024年2月、母と一緒に京都旅行へ行くことになった。

その頃、久しぶりに彼からDMが届いた。
「アルバイト先を卒業することになりました。
これまで本当にお世話になりました。Aさんと一緒に会いませんか。」
という内容だった。

私は人に簡単に心を開くタイプではない。
そのときの私は心が絡まった、角のある人間で、
「私に何の世話をしたんだろう?
実際に会ったのは3回くらいなのに。
彼女がいる人と私的に会って、変な噂が立つのは正直面倒だな」
と、一瞬思ってしまったのも事実だ。

けれど、Aさんも一緒だということ、
そして感謝をきちんと表現できる彼の態度が
どこか可愛らしく見えて、
「分かった」と返事をして約束をすることにした。

そうして、
初めてと言っていいほど、
私的に彼と関わることになった。

その出会いが、
私の2年間をこれほどまでに痛めつけることになるとは、
そのときは思いもしなかった。

初対面では、さまざまな話をした。
Aさんが約束の場所に来る前に、
彼と私は先に到着していた。
就職先の話、アルバイト先の話。
誰とでも交わすような会話をしながら待っていた。

彼女と別れた、という話も聞いた。
「ああ、そうなんだ。
今日会ったことで、変な噂が立つこともないな」
そう思って安堵した。
気持ちが少し楽になった。

彼は翌日、
共通の知人たちとの飲み会があるから来ないかと私を誘った。
その中には私と親しかった人もいたし、
私の大学はお酒を楽しむ雰囲気ではなかったため、
久しぶりに人と飲みたいと思い、行くことにした。

それが二度目の再会だった。

二次会まで一緒に過ごし、
始発で別れた。
翌日、私が就職説明会があると言っていたのを覚えていたのか、
朝になると彼から連絡が来た。
「就職説明会はどうでしたか?」と。

この国では、
自分から連絡をくれる人はあまり多くない。
だからこそ、
先に届いたその連絡が、
とても温かく感じられた。

そうして、
お互いの日常をやり取りしながら、
連絡を続けるようになったのだと思う。

少し会おうという話、
○日以外は時間が空いているという話、
私がテーマパークが大好きだと知って、行こうと言ってくれたこと。

週に4回会うほど頻繁に顔を合わせ、
4月には約束通りテーマパークにも行った。

4月は彼が新入社員として入社した時期で、
3月より連絡は減ったものの、
合間合間に返信は来ていた。

たぶん私は、
その頃から彼を好きになったのだと思う。
久しぶりに感じた、
あたたかさだったから。


そうしてテーマパークに一緒に行き、
その後から彼の連絡は少しずつ減っていった。

私が何か失敗したのだろうか、それとも仕事が忙しいのだろうか。
急速に距離を縮めてきた彼が、突然連絡を減らしたことで、
私が誰かを不快にさせてしまったのではないかと、
自分自身を検閲するようになった。

それでも毎日返信は来ていたから、
連絡自体は続いていた。

2024年6月。
私は彼を好きだという気持ちに、はっきりとした確信を持つようになった。
やるかやらないか、
彼を誰かに奪われたくないという思いから、告白をした。

本当にたくさん悩んだし、
彼の態度が最初の頃とは違っていたから、
断られるだろうという予想もしていた。
それでも勇気を出して、気持ちを伝えた。

新しく覚える仕事があり、それをきちんとやりたいから
恋愛をする準備ができていない、という理由で断られた。
予想していた結果であり、予想していた返事だった。

私は今すぐ付き合いたいというよりも、
「私はあなたが好き。だからこれからは、
あなたを“男の人として”好きだという表現をしていく」
その言葉を直接伝えたかった気持ちのほうが強かったので、
告白したことに後悔はまったくなかった。

私は大胆で、少し図々しいところがあるから、
彼に正面からこう言った。
「ねえ、私があなたを好きだって、
これからも表現し続けていい?」と。

彼は、それでもいいと言った。

私は、
好きな人が私の前で“素敵”でいてほしい。
似合う服、似合う靴を見つけると、
その気持ちを込めて渡すのが好きだ。

母が私を、そうやって育ててくれたように。

7月のある日、
彼に似合いそうな靴を見つけて、渡したくなった。
彼のところへ行き、手渡した。
4月以降、初めて子どもみたいに喜んでくれた。
幸せだった。

彼と会うことは、そう簡単ではなかった。
ささやかでも渡す物がなければ、会う理由すら作れなかった。
最初の頃の彼は、友達がいないから一緒にどこかへ行きたいと言っていたのに、
時間が経つにつれて、
友達との約束が多い、友達がたくさんいるという話で、
私との間に線を引くようになった。

あの時、止めるべきだったのだろうか。

それでも、
嫌だからやめてほしいと言われたわけでもなく、
気持ちに終わりが出たわけでもなかったから、
できるところまで想いを伝えてみようと決めた。

「私は、今でもあなたが好き。」と。

私は引っ越しを考えていた。
家を買うつもりはなかったけれど、
彼が不動産の営業をしているという理由だけで、
○地域と△地域のどちらが良さそうかと聞いてみた。

彼は、買ったほうがいいと言い、
仲介の方向へと話を進めた。
彼の役に立つことならそうしたいと思うようになり、
昼夜を問わず家族を説得した。

そうして内見に行くことになった。

その選択も、
しないほうがよかったのかもしれない。

彼は、毎年行われる資格試験のために忙しかった。
試験が終わった直後が彼の誕生日だったので、
記憶に残る誕生日にしてあげたかった。

経験したことのないものを経験させてあげたくて、
「私は、あなたをこれくらい好きなんだ」という気持ちを伝えたかった。
8月の終わりから、2か月ほど彼の誕生日を準備した。

恋愛感情に使うお金は、
すべて自分の力で稼いだもので賄いたくて、
仕事を増やしながら準備をした。

彼の誕生日のお祝いは、
4月以降、久しぶりに“外出らしい外出”をする日だった。
胸が高鳴った。

彼に似合う革靴をプレゼントした。
高級ブランドだから良い、というわけではないけれど、
営業職の彼にとっては、表面的な印象も大切だと思ったし、
“大人の贈り物”を初めて渡す女性になりたかった。

彼はまた、子どものように喜んでくれた。

きれいで、楽に履いてほしくて、
ソールを補強して、翌日に渡すことにした。
彼が仕事終わりに会いに来てくれて、手渡し、
また喜んでくれた。

彼はSNSに靴の写真を載せた。
私は絵文字ひとつだけでコメントをした。
普段、彼は友達のコメントに返信する人だったから、
私もコメントしてみた。

すると、
コメントへの返信ではなく、
LINEで返事が来た。

その時、感じた。

「私の存在を、他人に見せたくないんだ。」

どこか沈んだ気持ちになった。
他の友達からもらったプレゼントには
感謝の言葉を添えて投稿するのに、
私からのものも、同じように載せてもいいのではないか。
私からもらったことを、
誰かに知られてはいけないのだろうか、という、
複雑な気持ち。

それでも、
自分の感情を一度、脇に置くことにした。

それ以降、彼は
必要なものを直接口にすることが増えた。

案内用のコートが必要だ。
案内用のスラックスが必要だ。

私は、
彼が私に頼ってくれているのだと信じて、
一人で勝手に浮かれながら、
彼に似合うものを探して渡した。

そして、
コートを渡したその夜、
あるSNSで彼にブロックされた。

理由が知りたかった。
私が何か失敗したのか、
私が好意を示すことが嫌になったのか。

「もともと秘密主義で、
昔からの友達とだけやり取りしたいから、
特に意味はないよ。」
そういう返事だった。

皮肉なことに、
その日も私たちは会っていた。

正直、
このあたりからやめたほうがいいのでは、
と思い始めていた気がする。
クリスマスを一緒に過ごす約束をしていたから、
そこまでは耐えてみようと決めた。

クリスマスには、
彼にブランド物の財布を贈った。
二度目の“大人の贈り物”。
彼はまた、子どものように喜んだ。

そして、
クマが好きな私のために、
発売日に注文したと言って、
パジャマをプレゼントしてくれた。
彼から初めてもらった贈り物で、
とても大切だった。

クリスマスを一緒に過ごし、
「今年はありがとう。」
そう言って別れた。

私は、
それが最後になると思っていた。

けれど、
年末年始になると、
彼からの連絡はまた増えた。

2025年1月。
「付き合う覚悟はできていないけれど、
好きな気持ちは同じだ。」
そう言われた。

想いは、伝えれば伝わるんだと思って、
泣いた。


私はもともと、不確かさが苦手な人間だ。
それでもなぜか、彼が与える不確かさだけは、確かなものだと信じたかった。

関係に名前はついていなかったけれど、
好きな気持ちは同じだと言われて、
それなら実質的には付き合っている関係なのだと信じ、
その分の愛情を注ぎたいと思った。
楽にさせてあげたかった。

毎日、コンビニや冷凍食品で食事を済ませているのが気になって、
Uberで食事を頼んであげるようになり、
雨の日や疲れている日、飲み会の後には
タクシーを呼んであげるようになった。

どうして私は、そんなことをしていたのだろう。
恋人でもないのに。

きっとその時の私は、
ただそうしたかったのだと思う。
それが刃となって返ってくるとは知らずに。

1月から3月にかけては、
彼と一緒に温泉にも行き、ホテルにも泊まった。
本当は他の場所へ行きたかったけれど、
彼を休ませてあげたかった。
一緒にいられるだけで、私は幸せだったから。

2025年4月になった。
私も新しい会社に入社した。

彼からの連絡は次第に減り、
食事の時間や、タクシーが必要なタイミングにだけ
連絡が来るようになった。

私は彼のためにタクシーを呼び、
無事に帰宅したことを確認したあと、
また連絡が途絶え、
仕事終わりの食事の時間になると返事が来て、
その彼にまた食事を注文してあげる。
そんな生活を毎日繰り返していた。

次第に、心はひどく疲弊していった。
一人で毎日泣いていた。
誰にも話すことができなかった。

彼に聞いた。
「私は、このままあなたを好きでいてもいい?」と。
彼は、それでいいと言った。

「好きな気持ちは同じだ」というその言葉が、
まだ有効なのだと信じていた。
彼は変わらず、私に頼ってきていたから。

彼はバイクが欲しいと言い出した。
正直、行き過ぎだと思った。
あなたは私の恋人じゃない。

私が一線を引くと、
驚くほど冷たくなった。
結局、愚かにもまたバイクを買ってあげた。
夏だった。

夏は私の誕生日だ。
彼がその頃、余裕がないことは分かっていたから、
プレゼントは期待していなかった。
手紙だけでもよかった。
「好きな気持ちはまだ同じだ」ということを、
確認したかっただけだった。

誕生日の夜も、
私は彼のタクシーを呼んだ。
そうして、私の誕生日は終わった。

友達との約束があって遅れそうだからと、
タクシーを呼んでほしいと頼まれた。
その後の会話の中で、彼は
「初めて会う同じ業界の人」という言葉を漏らした。

なぜそのコストを、
私が払わなければならないのだろう。
そう思った。

後になって分かったことだが、
それは彼が私を欺き、
二重関係を続けていたその女性と
初めて会うためのタクシー代だった。

その後、彼のバイクが故障した。
修理代を、私が支払うことになった。

一緒に過ごしたかったけれど、
仕事終わりに一人で修理に出した店へ行き、
費用だけを支払い、
彼の家のポストにバイクの鍵を入れておいた。

寂しかった。

引っ越したいけれどお金がないと言われた。
貸してほしいと。
そのお金が必要になる前日に言われた。
私は貸した。

8月の連休、
一日でも彼と一緒に過ごしたかった。
彼は実家に帰る予定で、
友達との約束もあり、
日程は空いていないと言った。

8月の私の心は、ずたずたになった。
自分が今、何をしているのか分からなくなった。
泣き疲れて眠りに落ちる日が増えていった。

少し彼と距離を置きたくて、
衝動的にヨーロッパへ旅立った。

それでも彼からの連絡は続いた。
私は会いたいと言った。
彼は戻ってきてほしいと言った。

その言葉を信じて、
私は戻るべきではなかった場所へ、
戻ってきてしまった。

どうして、あんなことをしたのだろう。


そうして、形のない私たちの関係は続いていった。

9月、彼は引っ越しをした。
ベッドが必要だと言った。私は買ってあげた。
この時期にも、彼はまた私をSNSでミュートした。
私の日常は、もう気にならなくなったのだろう。

彼と私の休みは合わなかった。
私はいつも、彼の時間と場所に合わせていた。
それでも、会えるという事実が嬉しかった。

注文したベッドを受け取る日に会う約束をした。
彼の休みに合わせ、
私は出勤日だったため、事前に会社の仕事を調整し、
彼が最初に言った日に合わせて予定を組んだ。

ところが突然、
その日は無理だと言われた。
「○日だと思ってた」と。

正直、気分は良くなかった。
「私との約束が先約じゃない?」と伝えた。

彼はいつも、先約があると言って
私との約束を後回しにしてきたから、
今回は私との約束に合わせて調整してくれるものだと思っていた。

ダブルブッキングしてしまった相手に
聞いてみると言った。
そして数分後、
やはり別の日に会おうという返事が来た。

あなたは、私を本当はどんな存在だと思っているのだろう。
疲れてはいたけれど、
心を込めて渡す物があって会う約束だったから、
その場を壊したくなかった。

また、耐えることにした。

契約の問題は複雑だった。
購入を考えていたものがかなり高額だったため、
外国人である私たち家族にとっては、
私がこの国に残るという確信が必要だった。

彼とどんな関係なのか分からないまま、
彼を念頭に置いて言った言葉ではなかったけれど、
仲介を彼が担当していたため、
母は事情を説明するために彼に
「家族の事情で、娘は形式的にいくつか見てから判断する必要がありますので、少し待ってください」
と伝え、
彼は了承したと聞いた。

私はその話を母から聞いた。
「彼がそんなことを言ったの?」と。

好きな気持ちが同じなら、
あり得ない返答だと思った。

私は母の前ではあまり泣かない長女だ。
「私たちはお互いに好きなんだから、そんな言い方をするはずがない」と言うと、
私たちの関係を知らなかった母は戸惑っていた。

当然だった。
私たちの関係には、名前がなかったのだから。

母は理性的な人だ。
彼を疑った。
契約や仲介手数料のために、
あなたは娘を好きなふりをしているんじゃないか、と。

母は彼に返信した。
「娘にそのようなことを言ったのなら、
私が伝えた内容に対してその返答をするのは適切ではないと思います。
娘とどのような関係かは分かりませんが、
娘があなたを大切に思う気持ちから始めたことだというのは理解しています。
これは当初の意図から外れていると思います。」

彼はそれ以降、
母からの連絡に一切返事をしなかった。

その頃、
数日前から非公開アカウントにフォローされていた。
確認しようとするとブロックされていて、
中を見ることができなかった。

そんなある日、
別のアカウントからまたフォローが来て、
中を確認した。

彼とその人だけが互いにフォローし合っている、
二人きりのアカウントだった。

私は彼に直接聞いた。
私のアカウントをフォローしたりブロックしたり繰り返しているけど、誰なのか。
正直、不快だけど知り合いなのか、と。

彼は、
昔からの知り合いだと言うだけだった。
それ以上、言葉を重ねられなかった。

母と彼がぶつかっている間、
私は仕事をしていた。
状況を整理するために彼の会社へ行き、
第三者の立場を聞くために、
彼の上司と話をした。

彼はこう言った。
「別の仲介にしたら?」
「成長したと思えばいいじゃない。あの時は契約がゼロだったんだから。」

なぜ私は、
彼を成長させるために、
こんなにも苦しまなければならないのだろうと思った。

その夜、
彼から電話がかかってきた。

「契約しても、
君と付き合うことはないかもしれない。」

私は答えた。
「分かってる。あなた、一度も私に会いに来てくれたことないじゃない。」

彼は黙っていた。

どこから間違っていたのかは分からないけれど、
私は彼に聞いた。
今、他に好きな女性がいるのかと。

いないと言った。
人はそんなに簡単に好きにならない、と。

それなら、今まで通りでいようと言った。
私があなたを好きなままで。

彼は、それでもいいと言った。

一時間ほど通話をして、
私の「好き」という言葉と、
彼の笑い声で電話は終わった。

そして彼は、
三日間、連絡をよこさなかった。

毎日あった連絡が途絶え、
私は不安になった。
好きなままでいていいと言ったはずなのに、
どこか具合でも悪いのだろうか、と。

出勤日の朝、
彼から返事が来た。

そして突然、
「事実上、付き合っているみたいだけど、
そこまで好きって感じでもないし、
これを相互だとは言いにくい。
別れたい気持ちに近いかもしれない。」

また、曖昧な言葉だった。

直接会って話がしたかった。
仕事終わりに、彼の住む場所へ向かった。
行きたくなかった。
これが最後になる気がした。

彼は最後まで言った。
好きな人はいないし、
浮気をしたこともないと。

私はその言葉を、最後まで信じた。
信じたからこそ、
今まで通りでいいと思った。

彼は、二週間前まで
案内用のコートが必要だと言っていた。
私はまた一人で浮かれて、
彼に似合いそうな服を探し回っていた。

私の嫌な行動があるなら、
全部直すからと、
馬鹿みたいに泣きながら頼んだ。

彼は言った。
「好きなままでいるのは構わない。」

彼との二度目のクリスマスを過ごすために、
休みも取り、
予約もして、
プレゼントも準備していた。

あなたじゃなければ意味がないと、泣いた。

彼は考えてみると言った。

ただ、待ち続けた。
何も食べられず、
眠ることもできないまま。

それから六日後、
彼はデートをしているような写真を
SNSに載せた。

私は彼に聞いた。
クリスマスの予定通り、行けるのかと。

彼は、無理だと言った。

好きな人ができたのかと聞いた。
そうだと言った。
最近会った人だと言った。

最後に通話をした。
同じ業界の人で、
連絡は前から取っていたと言った。

さっきまでは最近会ったと言っていたのに。

直感的に分かった。
ああ、
7月に初めて会いに行くと言っていた、
同じ業界の人。
私にタクシーを呼ばせた、
あの人だ。

私はこの間、
一体何をしていたのだろうと思った。

彼は私から借りていたお金を、
ありがとうの一言もなく、
振り込んできただけだった。

あなたにとって、私は何だったのだろう。

自分自身に、申し訳なくなった。
私たちが二年間していたことは、
100万円の取引だったのだろうか。

あなたは一度も、
私に「行きたい場所はある?」と聞いたことがなかった。
あなたの食事を気遣うときも、
一度たりとも私の食事を気にかけてくれなかった。

私は、
あなたが私を悪く言う理由も、
私を嫌う資格もないと思っている。

どうか、歪めないでほしい。
あなたのプライドを守るために、
私が本気だった時間を汚さないでほしい。

これが、
私の最初で最後のお願い。

それじゃ、さようなら。