色味のない景色の中、駆け抜けるカラフルな風船屋さん。

朗らかにいこう!~USCPA受験と中国生活~


お茶屋さんの前でくつろぐ、昔のお嬢さんたち。

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お正月の飾りつけ。概して、都会よりも田舎の方が立派な飾り付けをしている気がします。

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片側が土壁になっているビニールハウス。

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こんな畑しかない道を、同僚の先生、私、学生の3人で黙々と歩く・・・。


この学生、去年の3月に「あいうえお」から勉強して、今ではなんと上級クラス。
本当に上手になったね、と彼を称えると、
「先生のおかげです」なんて風に返してくる。
ずいぶんと成長したなあーと、彼がまぶしくてしょうがありません。
秋には日本の大学に留学することが決まっていて、その先の未来にも目を輝かせています。

でも、元から優秀なわけではなくて、どちらかといえばおちこぼれの方に属していました。
勉強が嫌いで、高校も続かなくて中退。
そんな18年間の人生で、初めて全力で取り組んだのが日本語の勉強だったそうです。
自分もやればできるんだ!
そう確信してからの彼の成長には、目を見張るものがありました。
人間の可能性ってすごいなと、見ている私はただただ感動して、そして勇気づけられてもいました。


田舎みちを歩きながら、そんな成長の過程をふと思い出して、一人でじーんとしてました。
このブログ、去年の10月からずっとほったらかしになっていました。あわわ!

日々の生活の中で、これはネタになる!と思った直後に、ま、そんなこと書かなくてもいっか・・・と思い直す。
そんな繰り返し。
まいっか、という自分が結局のところ勝ってしまうのは、ぐうたらな自分の性格を反映してる証拠です。
西暦も旧暦も新年を迎えたことですし、少し改めなくては!

この数ヶ月で変化があったといえば・・・

猫を飼い始めました!
病気になった野良の子猫を保護して、看病しているうちに愛着が沸き我が家の一員に。
不思議と、この子が来てからラッキーな出来事が起こるようになりました。
持っていたのは病気だけじゃなかったんだー!っと・・・
↓お正月用の飾りつけをしようとしたら、ちょこんと傍に座り込む、の図。
$朗らかにいこう!~USCPA受験と中国生活~


そうそう、お正月(旧正月)といえば、教え子の故郷に遊びに行ってきました。
上海、北京など都会に行ったことはあったのですが、中国の田舎に出かけたのは実質初めて。
人ものんびりしていて、バスなんかは手をあげればどこでも停まるスタイル・・・。

そもそも、なぜこんな田舎に出かけたのかと言うと、遺跡があると聞いていたからです。
それも一つじゃなくていくつも・・・。

一番感動したのはこちら。
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紀元前6500年頃 - 紀元前5500年頃の車馬遺跡です。
馬の骨も馬車の形も、化石としてきれいな状態で残っていました。

見つかったのは1990年代。結構最近ですよね。
この遺跡の傍には高速道路が走っているのですが、ズバリそれを建設するときに偶然発見されたのだそうです。
・・・ということは、道路建設がなければずっと発見されなかった!?
逆に言うと、今でもまだまだたくさんの遺跡が眠っている!?

なかなかどうして、ロマンを感じる話です。


久しぶりで話の閉めかたがしっくりこない感じですが、これからも細く長く続けていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします!
じゅうりんほう。
漢字で書くと「90后(「後」という字の簡体字)」。
90年代生まれを指します。

ちょうど私の教え子達が該当するのですが、この子達他の世代と全く違う!!

中国を語るときはとりわけ、都市と農村の格差、収入の格差が取り上げられますが、世代の格差も特筆すべきだと思います。

ある日の授業にて。

学生:「先生、Knowledgeは日本語でなんと言いますか?」

私:『ちしき』と言います。『知識』と書きます。「識」の字が繁体字か簡体字の違いで、中国語と同じです。

学生:「ああなんだー『知识』と同じかー。」

彼らにとっては、同じ漢字を書く日本語よりも、英語の方がすんなり出てくるようです。

でも自分と同じくらい、あるいはその上の世代の中国人と意思疎通を図る時は、少数の教養のある人たちを除くと、英語を使うことはほぼありませんでした。
漢字圏である強みから、筆談が一番効率が良い。
字を見て意味を読み取ろうとすることが多かったです。(先の状況だと、『知识』とまず書いてくる。そこで私も『知識』と書く→お互い納得しあう・・・みたいな感じ)
じゅうりんほうの学生達は、物心ついたときから海外の文化を取り入れているので、英語もすんなりと身につけているようです。

海外文化と言えば、バスケの話をしたときのこと。
中国にもプロリーグがあるよね?と質問すると、自国のチームなのにひどい貶しようでした・・・。

やっぱりNBAじゃないと!!

だそうです。
NBAの放送がある日は、寮のテレビに男子達がわらわらと群がって盛り上がります。
微笑ましいと思う反面、自国のチームも応援したほうが・・・
と、ちょっと不思議な気持ちにもなります。

ちなみに彼らに趣味を聞くと
・ネットゲーム
・チャット
・動画サイトを見る
・携帯をいじる

習い事を聞くと
・絵画
・ピアノ(男女共に)
・バイオリン
・ダンス
・ゴルフ

でした。

個性を重視する風潮で育ってきたために、利己的すぎるといわれているのもこの世代の特徴です。
この人たちが大人になったときこの国がどうなるのか、私の中では不安と興味、双方が錯綜しています。
今夜は同僚の中国人の先生の送別会でした。
彼女は現在私が勤める学校で、6年間日本語を教えていました。
他人に教えられるくらいですから、彼女の日本語は発音も文法も全く問題なし。文法なんてむしろ、私より詳しいくらいです。
しかしよくよく尋ねてみると、元々は、ご主人の日本駐在時にはじめて身につけたのだそうです。
聞いてびっくり!!
自分が同じように、日本に帰ったときに人様に中国語を教えられるのだろうか?
「まあそこそこ頑張っているだろう」なんて自分は本当に甘かったです。
すごいなと彼女を尊敬すると同時に、とっても反省させられるのでした・・・。

ちなみに今度はフランス駐在だそう。
まじめで頭の良い彼女のこと、今度はフランス語もしっかり身につけてしまうことでしょう。


そんなこんなで話が弾みつつ、日本語教師の前の仕事を聞いて、またびっくりしました。


なんと会計士さんでした。


ずーっと会計士としてやってきて、嫌になってしまったそうです。
ははは。

これは聞いてよかったような、よくなかったような!?


いえいえ、びっくりはしたけれど、もちろん聞くことができてよかったです。
中国の会計士資格のことなど、色々教えてもらいました。

でも何よりも嬉しかったのは、何らかのご縁があってこういう人に巡りあえたこと。
何か、今の自分が会うべくして会ったような気さえしました。
私は彼女のように頭がよくありません。
だけど、状況に応じて柔軟に動いていくことでこそ、新しい道が拓けて来るんだと彼女から学びました。
また繰り返しになりますが、新しいことを始めて一番嬉しいのは、その分野の知識が増えることではありません。
そこに関わる誰か、そしてそこからつながっている誰かとも関わりを持てることです。
時には人間関係を煩わしいと思うこともあるけれど、それ以上にありがたいなと思うことの方が多いです。
人って面白いし優しいし、自分が気づかないことをいつも気づかせてくれますから。
豊かな人生って、こういう関わりの中から築かれていくんじゃないのかなあ・・・(ひとりごと)


あーーーまとまりがありませんが、今日はなんだかいい夜でした三日月
もう一週間以上も経ってしまいましたが・・・
先日、なでしこJAPANのオリンピックアジア最終予選を見てきました。
大会が行われた済南市は、今住んでいる所から新幹線で2時間半のところにあります。
行きの新幹線では面白い出会いがあったのですが・・・それはまた次回に書くとします。

私が見に行った北朝鮮戦は、あいにくロスタイムに追いつかれて1対1の引き分けでした。
それでも、ワールドカップ後のフィーバーからの疲れを考えると、彼女達は本当によくがんばっていたと思います。

朗らかにいこう!~USCPA受験と中国生活~


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会場到着後に驚いたのは、その警備の数。
日本戦ということでひときわ警戒していたのかもしれません。 (日本人を警戒するというよりも、感情的になった多数の中国人が、少数の日本人に対して危害を加えないように)
荷物検査も厳重で、何度もカバンの中身を開けてチェックされました。

でも、いざ席に着こうとするとガラガラ!!
私達は一番良い席をとっていたのですが、そこもほとんど人がいなかったので、更に見やすい真ん中の席へ案内されました。

ゴール裏にはちゃんと日本から来た応援団もいました。
朗らかにいこう!~USCPA受験と中国生活~

ちなみにこちら、北朝鮮の応援団。
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もはや「団」とは言えないスケール・・・・・。

しかしながら、いざ試合が始まってみると、会場は北朝鮮のチャンス時に盛り上がること盛り上がること!
周りを見渡すとほとんどの中国人が北朝鮮チームを応援していました。

中国にとって北朝鮮は友好国。
その認識は庶民にも浸透しているようです。
サッカー観戦をしながら、両国の関係性について改めて目の当たりにすることとなりました。