テウインタビュー(1) | SHINE

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テウのロングインタビューです。

大きな背中に4人のひょんとたくさんの未来を背負ってくれる、最強マンネハート

やっぱり、どこのチームでも”マンネ on TOP”なのかなsei



20世紀が描いた未来、21世紀に入ってからすでに15年だ。
人類が夢見た時間旅行の技術は開発されなかった。
それはまだ映画、夢に登場する蜃気楼だ。

ここ数か月間、時間旅行に似たような体験をした人類に会った。
男性グループgodのメインボーカル、キムテウ(33)。
15年前、20世紀の終わりに男性グループgodの高校生マンネメンバーだった彼は、

今は歌謡企画会社の代表で2人の子供のパパだ。
15年は決して短い時間でない。

15年前の1999年にデビューした5人組godは韓国男性グループの中で独特の位置を占めていた。

「お母様へ」「嘘」「道」のような感性的な歌はダンスと共に聞かなくても良かった。
リズムに乗った軽い手振りとメンバーの位置移動だけで充分だった。
老若男女の感性に訴えた「嘘」が入った3集(2000年)が180万枚、

「道」が入った4集(2001年)が170万枚を超えて売れた。
これらをもって”国民グループ”という造語が生まれた。

しかし、国民グループの後期は順調ではなかった。
2004年にユンゲサンが脱退した後、4人体制で2枚のアルバム(普通の日・空の中に)を

出したが、以前のようには大衆の関心を引くことができなかった。

メンバーの個人活動も大きな成果には繋らなかった。

今年7月、5人体制で12年ぶりに出したアルバム「Chapter8」は音源チャートで大きな成功を収めた。

godの色彩を維持した新曲、「みにくいアヒルの子」「空色の約束」「私達が生きる物語」は

godのファン層を越えて大衆の世間の注目を集めた。

秋夕連休を控えた4日の夜、ソウルショップエンターテインメントで

身長190cmの巨体が手を差し出した。
2009年「愛の雨」の人気でソロ歌手としても位置づけたキムテウは

デビューの時より背だけが4cm大きくなったのではない。

今回の”g5d”(5人体制god)再結成を導き、「Chapter8」を共同プロデュースした。
先月に大田コンサートを最後に1ヶ月半続いた15周年全国ツアーを

終えたキムテウの目は簡単に潤んだ。

ソウル、光州、大邱、釜山、大田を回って向き合った7万人越える観客の目のように。
「ユヒヨルのスケッチブック」の収録後に飲みすぎて”パンツ一丁”で寝たところ、

思わず風邪をひいたというキムテウの声は霧を含んだようにより一層ハスキーだった。


再結成コンサートを見ました。

年齢のせいでしょうか、激烈に踊るたびにメンバー全員が大変そうに見えたんですが・・・。


「お前がいるべき場所」をした時は本当に肺が破裂するかと思いました。ハハッ。
練習している時は大丈夫だったのに、観客の前に立つと興奮して、もっと強く踊って見たら・・・


パクチニョンプロデューサーもコンサートを見にきたでしょう?


あの日、舞台で僕達は20曲を歌って、それを3万人がラップまで全部一緒に歌いました。

それで、その20曲を作った人が1人なんです。

チニョン兄は他の観客と同じように公演が完全に終るまで席を守ってくれました。

パッと2000年代初めに戻ったようでした。


god音楽の9割だったパクチニョンさんに、今回はなぜ新曲を依頼しなかったのですか?


なぜしなかったんでしょう。良い曲を書いてくれって言いましたよ。

けれど、その時にチニョン兄がものすごく忙しかったんです。

「君達の曲を書くことに没頭することができない条件なら書かない方がいいと思う。

他の作曲家と作業して、他の色を出してみるのも良いと思う」と言いました。

5月に作曲家と作業した「みにくいアヒルの子」が発売された時、電話が来ました。

「私が書いてもこのようには書けなかったと思う」って。

妙な気持ちでした。


god再結成の話はいつから出てきたのですか。


僕が除隊した2009年から話をし出しました。

ジュニひょん、ゲサンひょんがする話を僕が残りに伝達して、残りも同じように・・・。

僕がコミュニケーションの窓口でした。

どのチームにでもおせっかいな行動隊長がいるでしょう。

僕が「愛の雨」で忙しくなって、1~2年は我を忘れて過ぎていきました。

メンバーそれぞれに事件や事故もあったし・・・。
ジュニひょんはハリウッド映画を撮って腰をケガして3年もリハビリをしました。

米国へ行く度にひょんに会って、説得もしていましたし。

ところが今年15周年になって、メンバーも時間が流れて柔らかくなって、

良くなかった記憶も良い思い出になって、脱退したゲサンひょんに積もった誤解も解けて、

仕事が動き始めたんです。

ゲサンひょんが2012年の放送打ち上げのお酒の席でこう言ったんです。

「いつになるかはわからないけど、godを必ずしよう」
僕の中で「イエス!」と叫んで、すぐ次の日からアルバム企画に入りましたよ。ハハッ


続きます~=3