いつもの色が、しっくりこなかった。
何となく鏡を覗きながら、
「もう少し違う自分になりたい」と思った。

手に取ったのは、少し明るめの赤。
派手すぎるかも、と一瞬ためらったけれど、
試しに唇にのせた瞬間、
胸の奥がすこし静かになった。

新しい色のせいか、
言葉がごまかせなくなった。
本当は嫌なのに「大丈夫」と言いかけて、
唇の赤がそれを拒んだ。

鏡の中の私は、いつもより正直な顔をしていた。
たぶんこの口紅は、
飾るためのものじゃなくて、
“ごまかせない自分”を呼び起こすスイッチなんだと思う。

口紅を変えたら、嘘がつけなくなった。
それは少し面倒で、でも悪くない。
だって、ほんとうの声を出すために、
まず唇から変わるのだから。