目的地を間違えると、景色がやさしく見える。


そんな日も、旅のうち。


気づけば、知らない駅の名前が車窓の外を流れていた。


予定していた駅は、とっくに過ぎている。

 

スマホの地図を見ても、いま自分がどこに向かっているのか、すぐには理解できなかった。


けれど、不思議と焦りはなかった。

 

午後の光がやわらかくて、座席に残ったぬくもりが、もう少しこのままでいいよと背中を押していた。


車内アナウンスが響くたび、ゆっくりと現実に引き戻される。

 

だけどそのたびに、「戻るのはいつでもできる」と思えてしまう。


乗り過ごしというより、ほんの少しの寄り道。

 

そんな言葉に置き換えてしまえば、なんだか許される気がした。


知らない駅で降りてみる。


改札を抜けた瞬間、ほのかなパンの匂いがした。

 

商店街のざわめき、ふだん通らない道に咲いている小さな花。

 

用事はないのに、歩く理由だけは不思議と見つかる。


「こういう午後も、たまには悪くない」


そう思ったら、目的の駅へ戻るための電車が来る音がした。


でも、そのホームに立つ自分は、数分前より少しだけ軽い。


予定どおりに進まない日もある。


でも、ずれた分だけ、心に風が通ることだってある。


そんな午後の、静かな贈り物。