ケーキが食べたい——


そう思った瞬間、脳内には白い生クリームの丘と、つやつやした苺が浮かんでいた。


甘さの未来予知みたいなものだ。もう食べる前から幸せが口の中で準備運動をしていた。

 

それなのに、だ。

 

気づけば私は、コンビニで「カリカリ梅ぶどう味」を握りしめていた。


なんで? どうして? と問う前に、身体はレジへ向かっている。


理性よりも、どうやら本能のほうが甘酸っぱかったらしい。

 

袋を開けた瞬間に立ちのぼる、梅ともぶどうとも言えない、やけに青春みたいな匂い。


噛んだら、期待していたケーキのしっとり感とは真逆のカリッ。


そのギャップに、思わず笑ってしまった。

 

「…もしかして今日は、甘さでは慰めきれない日だったのかもな」

 

ふとそう思う。

 

甘いものって、優しさで包まれたいときに選ぶものだ。


だけど酸っぱいものは、もう一度シャキッと立ち上がりたいときに欲しくなる。


現実に戻してくれる、あのキュッとした刺激。

 

結局、その日の私にはケーキより梅が必要だったのだろう。

 

人って、案外単純じゃない。


欲しがってるものと、ほんとうに必要なものは時々ちがっていて。


たまに舌がその秘密を知っていたりする。

 

甘い未来を想像していたはずなのに、手の中には梅。


けれどそれはそれで、ちょっとだけ今日を好きになれた。

 

そして翌日、私はようやくケーキを買った。


梅のおかげで、甘さが前より少しだけ嬉しかった。