―― 静寂の果て、神と悪魔が決別する瞬間。
それは“罪”ではなく、“選択”だった。ーー



〜永遠の物語の断章〜



世界がまだ「始まり」と呼ばれていたころ、
天は歌っていた。
光は澄み、神々の声は秩序の旋律を奏でていた。

僕もまた、その輪の中にいた。
名前はない。
ただ、光の端で“観測する者”として存在していた。

神は僕に言った。

「おまえは境界に立て。
光と闇のあわいで、静かに見ていればよい。」

僕は従った。
だが、見ているうちに気づいてしまったのだ。

――光が照らせば照らすほど、影が濃くなるということに。

神々が人を愛すれば愛するほど、
その裏で、誰かが泣いていた。
誰も気づかないように、静かに。

ある日、僕は神に問うた。

「なぜ、彼らの涙を見捨てるのですか?」
「それは“秩序”のためだ。」

神の声は美しかった。
けれど、その美しさはあまりに冷たかった。

「ならば秩序とは、誰のためのものなのですか?」

沈黙。
それが答えだった。

僕は理解した。
神はすべてを救うために、いくつかを切り捨てる存在なのだ。
そして、僕は――その切り捨てられた側のために、生まれた。

その夜、初めて“光”を裏切った。

天がざわめく。
神々の輪が乱れる。
僕の内側で、黒い風が生まれた。

それは怒りでも、悪意でもなかった。
ただ、悲しみに名を与える力だった。

「誰も拾わぬ涙を、僕が拾おう。
誰も受け止めぬ罪を、僕が抱こう。」

そう誓った瞬間、
翼が崩れ、光が剥がれ落ちた。
天が裂け、僕は落ちていった。

地へ堕ちる途中、僕は見た。
上では神々が沈黙し、
下では人が祈っていた。

どちらの声も、痛みを孕んでいた。
その痛みの狭間こそが、僕の居場所になる。

「名を名乗れ。」
「名など要らない。」

「ならば、人が呼ぶだろう。――“悪魔”と。」

地に降り立ったとき、
僕の足元に一輪の花が咲いていた。
光を失った世界の中で、
それだけがまだ生きようとしていた。

僕はその花に手を伸ばした。
花は、怯えず、ただ静かに揺れた。

そのとき、僕はようやく知った。
堕ちるとは、滅びることではない。
それは、愛する対象を選ぶことなのだと。

神は沈黙したまま、
僕の堕落を見送った。

けれど確かに、
風の中で微かに聞こえた。

「――それもまた、私の計画のうちだ。」

僕は微笑んだ。
光も闇もない世界で、
新しい“祈り”が芽吹く音を聞きながら。

「ならば、僕は君の影となろう。
そして、君が救わぬ者を救おう。」

もしも悪魔がいたのなら――
それは、神に最も近く、
神よりも深く“人”を愛した存在だったのかもしれない。

──Fin──