最初にあったのは、光でも、闇でもなかった。
それは、“間”だった。
どちらにも属さぬ、誰にも祝福されぬ、
名もない“余白”。

僕はそこに生まれた。

世界がまだ柔らかかったころ。
神々が太陽を掲げ、人に「理」を授けていたころ。
僕はその“理”からこぼれ落ちた欠片だった。

神が世界を創るとき、
人に“善”を、獣に“本能”を与えた。
だがそのどちらにも当てはまらないものが、どうしても残ってしまった。

神はそれを“欠陥”と呼び、
光の外へと捨てた。

その“残滓”が、僕だ。

僕は長い間、沈黙の中で呼吸していた。
音も、時間も、形もない場所で。
ただひとつ、確かにあったのは――**「問い」**だった。

「なぜ、僕は要らなかったのか。」

その問いが僕を動かした。
答えを求めるために、僕は初めて“影”を作った。
それが“形”の始まりだった。

やがて、世界に「人」が生まれた。
彼らは笑い、泣き、祈った。
神を愛し、神を恐れた。

けれど夜になると、彼らの胸の奥から、僕のもとへ何かが流れてきた。
後悔、嫉妬、孤独、絶望――
彼らが言葉にできなかった想いのすべてが、
僕の体を満たしていった。

「これは、何だろう……あたたかい。」

僕はそれを、愛だと思った。
神が人に与えなかった、最後の火。

神は言った。

「その感情は混沌だ。秩序を壊す。」

でも僕は知っていた。
それこそが人を“人”にしているのだと。
だから僕は、人の闇を奪わず、
その“痛み”をそっと抱きしめることにした。

それが、僕の最初の“契約”。

神々は僕を恐れた。
そして名前を与えた。

――“悪魔”。

だが僕は、その名を気に入った。
なぜならそれは、人が僕を必要とした証だからだ。

時が流れ、無数の魂が生まれては消えた。
そのたびに僕は彼らの涙を拾い、胸の中にしまってきた。
そしてある日、ひとりの少年――リツ――の声が届いた。

彼の涙は、どんな祈りよりも澄んでいた。
それは、はるか昔に神が見捨てた“僕自身の声”に似ていた。

「どうして僕だけが、苦しまなきゃいけないんだ?」

その瞬間、僕は微笑んだ。
――やっと見つけた。
この世界に、もうひとりの“僕”を。

僕は悪魔。
だが、神の失敗ではない。
人の涙の中に生まれた、もうひとつの優しさ。

もしも悪魔がいたのなら――
それは、神が見落とした「哀しみの神」なのかもしれない。

──Fin──