書くかどうか迷ったんだけど、
忘れないように一回文章に起こしとこうかとね。


無事に通っては来たけどもね。


東北自動車道って、
奥羽山脈に沿う形で東北地方の真ん中を通ってて、
津波の被害はもちろんないし、
地盤そのものも強い場所を通ってるんだけど、
それでも震災の爪痕というのはしっかり刻まれてて。


まずは路面。

国見手前あたりから、
まずはコールタールでひび割れを埋めた痕が、
稲妻のように所々出てきて、
それを過ぎると、
正方形に埋め直した箇所も目について。
福島県と宮城県の県境付近では、
片側丸々舗装し直した箇所も数ヶ所ありました。

また、
福島県・宮城県のほとんどの区間は50キロ規制で、
至る所に「段差注意」の看板があり、
路肩が崩れてるところも。

なんで、
走行中でもうねりを体感するところも、
ままあったりしました。


また、
高速道路を囲っている壁面も崩れているところもあり、
急ごしらえの足場で壁面にしていたりしました。


東北道から見える景色には、
いわゆるブルーシートを被せて、
土嚢で重しをしている屋根が所々見受けられ、
5ヶ月経った今でも屋根の修理にとりかかれていない家が目に付きました。


また数ヶ所で、
おそらく瓦礫を集めてあるんだろうと思われる、
ブルーシートで覆われた小山も見られ、
産廃業者の敷地にはうず高く積まれた瓦礫がありました。


もちろん変わらぬ風景として、
家畜用のトウモロコシ畑や、
青々と茂った田んぼも見られましたが、
果たして収穫される時が来るのかと考えると、
農家の方々のやりきれなさが伝わってくるようでした。


東北道から見た限りでも、
いろいろ考えさせられることもあり、
時間さえあれば途中三陸の方まで降りていきたいとも思いましたし、
実際降りていく車で渋滞が発生したりもしていました。


遠く関西・中部・近畿地方ナンバーの車も多く、
中には建築関係のトラックや、
数人の若者たちが乗り合わせている、
おそらくボランティアだろう姿も見受けられ、
交代要員であろう警察関係の車も多数行き交っていました。


オイラの気づいたことはこんなカンジかな。