Book Review:『人間自身 考えることに終わりなく』

哲学者・池田昌子氏のエッセイ集。
いやぁ・・・・・・本当に、面白かった・・・。
「生死観」「皇室御世継ぎ」
「男女平等」などあらゆる問題に対する
男性も顔負けな位の
直球で、やや皮肉もこめられた池田氏の文章は
本当に読んでいて気持ちがせいせいした。
ともすると一般的には「タブー」とも取られがちなそれらの解釈は
どれもこれも実は私なんかは大賛同で
それをズバッと言ってのけてくれる様は爽快だった。
冒頭の『自殺のすすめ』では、近年では珍しくなくなった青少年凶悪犯罪に触れ
「子供にはとりあえず、これだけは教えておこう。
人を殺したくなったら、自分が死ね。それが順序というものだと。」と斬る。
実に同感。まったくそうだ。殺すくらいなら死ね、である。
昨今の「個人情報保護」の傾向に触れた『名を名のれ』も面白かった。
あらゆる情報媒体の拡大によって、個人情報を守るだ云々などと叫ばれているが
ことにネットの世界でのその匿名性は
どうも気持ちが悪いものがあるのは否めない。
私もこうやってブログなどを書いたりと
比較的頻繁にネット社会に足を踏み入れている一人だと思うが
それでいて、匿名のチャットだとか、著者との面識がないブログへのコメントだとか
あとは、SNSタイプのサイトだとか
そういったクロウト遣い風(?)なネット利用は、もっぱらニガテなのである。
もちろんこれらを否定しているわけではない。
基本的にアナログな頭を持つ私は
こういったネットの特性にまだまだ追いつけないだけだ。
池田氏はネットの「匿名性」ということに関して
その例として「ブログ」を挙げて論じていたが
これは、私もブログの一利用者として、ちょっと耳が痛かった。
しかし、池田氏の言うところの
「誰のことを、誰のために知らしめたいのか」という
匿名ブログの性質に対する疑問は、私も分からなくはないのである。
なので、私は自分のブログでは顔も名前も公表しているし
私を知ってくださっている方々が読んで楽しめるように、書いているつもりである。
ただ、ネット社会の「匿名性」が当たり前に捉えられている中
実際私も、ブログの記事を書きながら
実名表記による記事内容や、実名と匿名との境界線などを思い
ふっと手が止まり一考してしまうことがあるのも事実だ。
ネットというものも、その解釈や方向性はどんどん進化し変わりつつあるので
何が正しい、間違っている、と断定しかねる、なかなか難しい問題ではある。
ただ、池田氏の言うように、そのネットの「匿名性」が
「自分を守るためだけでなく、他人を攻撃するため」であっては絶対にならないと
私も強く思う。
さて、本書では、こういった身近で興味深い社会的な問題も多く書かれているが
特に重きを置いて語られているのが「生死の問題」。
本書のあらゆるエッセイの全ては、この
「生死の問題」に対する氏の概念が根幹となって語られているように思える。
「人は生まれたから死ぬのだ。」
「生死することにおいて、人は完全に平等である。
すなわち、生きている者は必ず死ぬ。」
というように、生死や自分の存在を単なる「現象」にとどめず
あくまでその本質を見抜こうとした池田氏の生死観を目の当たりにすると
自分が持つそれらの概念や常識がパッと解き放たれ
自分でも思いもよらない方向に
思考のベクトルがふっと飛ぶ瞬間を味わうことができるのだ。
うう~ん・・・・そうか・・・。
考える・・・・考える・・・・。
・・・・想像、断定、否定、予測、希望・・・・
池田氏の言葉に誘われて、考える。 ・・・・・・考える。
考えるということは、こういうことか。
こうやって池田氏は終わりなく考え続けていたのか・・・。
そんな池田氏も今年の2月、腎臓がんのため46歳の若さで急逝された。
本書には、氏が亡くなられる直前までの作品が収められている。
自らの死を目の前にして、これらの言葉をどのような思いで紡いでいたのか。
「死」を当然の本質と捉え、恐れなかった池田氏も
本当はもっと生きたかったんじゃないだろうか。
そして今もなお、彼女の鋭い思考は
果て無き世界を舞い続けているのだろうか。
そう思い耽りながら、言葉ひとつひとつを拾っていくと
それら、ひとつひとつが、極めて重い一冊である。