最近亡くなったDさんの妻がいらした。

告別式ではキチガイになって狂って騒いだといっていた。

今は、明日で49日になるのだけど、受け入れられた、と。

不謹慎だけれども、40年間結婚していて、闘病期間が一番幸せでした。

傍にいれる、苦しみも共にする、頑張る姿をみれる。


こんな気持ちをもてるなんて、すごくないですか?
私は、今、胸がいっぱいです。


D氏の妻にとって、〔相手が苦しむのをみているのがツラい〕ではなく、
〔相手の苦しみを受け入れる、分かち合う、傍にいる、〕なんだよね。


奥様は、闘病中は自分にできることをしていた。

食欲不振のD氏が食べられるものを必死に考えこしらえた、

できる限り傍にいた、

怒鳴られても次第に幻覚に陥っていく彼のことも、、
変化していく小さくなっていく彼を受け入れた、

ちゃんと看護師に相談もした、


彼女は、素晴らしい人だと思いました。

本気で、D氏を愛していたのだと思いました。

人を愛するとは、こういうことなんですね。



愛されたいなら、愛しなさい。


私は、D氏の奥様が人生の中で尊敬できるお方になりました。


D氏の気持ちは、わからないけれど、

少なくとも、私からみて〔幸福な死〕です。




私がテレビをみたり、笑ったりしているとき、
死を間近にした方々達は何を思うんだろう。

どんな夢を見るの?
今あなたにとって楽しいことって何なの?
365日全てがツラいの?



わからない。例え心の内を話しても全てのことはみえない。

自分にも認識していないココロが存在しているから。

そもそも、ココロで思ったこと全て言葉に表現できるのって果たして何割なのでしょうか?



私は、すっごく色んなことを常日頃考えていて、このblogに書いてる百倍位は(笑)

表現下手で基本口下手なのでほとんど話しませんが、
友達からの相談に対しての説法は熱いです(笑)


この仕事につくと、思うことが色々。


人間の命とはなんなのか、多分一生わからないと思う。


ただ、わかるような姿勢は持ち続けたい