https://x.com/sen_no_fukei/status/1757949523421430031?s=61&t=R1HkUY7X9FxUANXXDmD4VA

 

 

鏡は自分の欠点やアラ探しをするために見るのではなく、自分の素敵なところや好きなところを見るために使うこと。

 

メガネは人の欠点やアラ探しをするためにかけるのではなく、人の素敵なところを見つけて教えてあげるために使うこと。

 

 

=====================================

 

すごくいい子ちゃんっぽい文章だけど、これやっていて両方とも辛いのは自分だという話。

 

先に書いたのはもろそうだよね。例えば物理的な事で言うと、わざわざ鏡の近くまでズーーーと寄って、毛穴を見る、とかね。それでちょっとでも詰まりやポチっとしたこれからニキビになりそうですなものを見つけるとエイッと潰してみたり、なんて私の肌汚いの、、なんてテンション下がってみたり。でもちょっと後ろに下がって鏡から遠のいてみると、そんなに気にならなかったりして、翌朝になるとツルンとしていたりする。お肌も気持ちも揺れ動くもの、状態なんて変動的なものだから、いちいち細かに“監視“しなくてもいいのにね。そんなことしない方が、よほど平常で入れそうなものなのに。。(まぁそれでも気になる乙女心は今はそっと横に置いておいて!?) かといってじゃぁ見なければいいじゃん!目に入れずに何も見ない事にすればいいじゃん!が最適かというと、そうでもない。それはちょっと自分を蔑ろにするような、それが続くといきなりのインパクトだけどセルフネグレクトと呼ばれるものや現実逃避なんて物になりかねない。。難しいっすね。だからまぁ自分を鏡に映す時にはその日の状態を見てみる、さっとなら拡大鏡のように観察も可、その結果必要そうな事や今はやめといた方がいいかなぁな事はやめておく。無理をしないとか、今日は早く寝ようとかね。あとはもう笑ってみたり良いところ探してみたり、自分には何が似合うかななんて装ってみたり美しく在るために使う。まぁこれがマインドの側面に当てはめてみると、やっぱり自分の内部を観察して引っ掛かるものがあれば深掘ってもいいし、今がその時じゃないと感じるなら存在だけ認知してそっとしておいてもいいし。あと一番は“自分はどうしたいか?“聞いてみること。もう鏡云々どうでもよくなってきましたな。笑

 

 

で、後に書いた“人へ向ける目“の方は、よく人のダメなところやアラ探しをしている人、嫌でも目についてしまう人はやっぱり自分にも厳しくて、常に自分を顕微鏡のプレパラートに乗せて超超拡大の倍率上げていつもいつも見張っている人。生贄かっ!!罪人かっ!!ってくらいね。(※ちょ!!プレパラートって、プレパラートって!!え、中学生ぶり?いたの?私の中に。ずっといたの?君は。。何十年ぶりの時を超えて浮かび上がるこの『昔覚えた事は忘れない』の真実、いや神秘、、、なの、か。。??)例えばそうやって人のアラが見えてしまって、ついいつも小言を言ったり口煩くツッコンだりしてしまう自分がいるとする。そんな自分が嫌いでダメ!!本当はよくないっって分かってる!泣 って心の奥底では思っている人も、いるんじゃないかな?結構多いと思うよ。でも、それは見方と言葉を変えると自分の最も素敵なところでもあるらしいよ。えーーーーー!!って声しか聞こえないけど、そうなんだって。自分ではもう「ダメ!」のレッテルを貼っているからどうしても良いイメージを浮かべられない。でも“それ“をポジティブな側面から見えるようになると、自然と人にダメ出しまくったりする事がなくなるらしい。だってそこまで細部まで目が行き届いて、人のために助言できるなんてすごいじゃない。そこにエゴとか乗ってきちゃうと、また違って来ちゃうと思うけどさ。それを聞いた時には、なんとも目から鱗と言いますか、気持ちがふっとすくわれた気がしました。ちなみに今回話たの以外でも、色んな自分の「イヤだ、ダメだと思っているところ」についても言える事だと思うよ。

そう、全てはYes, It's me.って感じだけど、同じようにふわっとなる人に届くといいな。