*いつもに増して長くなるけど
在宅介護をしている全ての方に
見ていただきたい
今思う介護の現状
(3分の1回目)
どんな介護サービスを使うにも、
介護支援専門員
(通称ケアマネージャー)に、
様々な業者との仲介をしてもらい、
「1ヶ月間にこんなサービスを使います」
「こんな用品を借ります」といった、
介護サービス計画書(ケアプラン)を
作ってもらわないことには話が進まない。
今現在のケアマネージャー(以下、ケアマネ)は、
おそらく祖母
が認知症だと診断された
6年?7年?前から担当してもらっていて、
家の事情なんかもよくわかっている。
とはいえ施設に入所
となれば、
そこの施設のケアマネがついてくれるので、
私が在宅介護を始めるまで、
入院~入所をしていたここ2年半の間は
一度疎遠になっていた。
認知症発症当時の祖母を知っている
ケアマネだとしても、
今回はまるで勝手が違う。
本人の状態
歩けた↔️歩けなくなった
話せた↔️ほとんど話さなくなった
食べれた↔️食べにくくなった
介護をする人
祖父↔️孫へ
元々入院~入所になるまでは、
自分で歩くことができたし、
介護ってほどの介護が必要な状態でもなかった。
主に祖母と一緒に生活していたのが
祖父
だったし、
その当時社会人になって間もなくだった私は
これまではとやかくいってこなかった。
ケアマネというものが
どういうものかわかってなかったし、
いろんな情報をくれる
親切な人くらいの認識だった(笑)
前回のblog
(←ポチっとすると読めます)
でも書いたが、
余命宣告をされ、自宅で看ると決めたときは、
正直ここまで生きる力を取り戻し、
生きながらえるとも思ってなかったし、
私としては最期の1ヶ月
位の気持ちでいたので、プランの全ては
まるっとケアマネ任せにしていた。
というよりも、ケアマネ主動が
当たり前なのだと思っていた。
在宅介護を始めたときの計画は
・訪問看護 → 週4回
・訪問入浴 → 週1回
・ヘルパー → 毎日
・レンタル → ベッド
ベッド柵両側
エアマット
サイドテーブル
点滴ポール(自費)
いわゆる終末期と呼ばれる時期の
サービスとしては
充分過ぎる位なのかもしれないが、
状況は変わった。
・ご飯が食べられるようになった
(病院ではほとんど食べなかった)
・食事姿勢も左向きのフラットではなく
30°アップの仰向けで大丈夫になった
→車イス♿と、段差をなくすスロープも
借りることにした
・痰の吸引が必要になってきた
→吸引器を準備した
・病状が安定してきたのと、
家族が介護に非協力的になり、
私の負担も大きく増えたので
デイサービス?ショートステイ?も
いいんじゃない?という感じになってきた
たった数ヵ月でも本人の状況は変わる。
家族の状況も変わる。
もっている情報量だって、
介護を始める前と後じゃ全然違う。
使ってみたいサービスだって
ずっと同じではない。
順調か、と思っていた在宅介護の生活のなかで
今回の誤嚥性肺炎での入院。
1度は遠退いたと思われた
死というものが、そんなに遠くない、
遠退いたのではなく、
隣り合わせだった
っていうことに気づく。
でもそれは、介護してる側の
日々のケアだったり、リハビリ次第では
改善したり、
悪化しないようにもできる
ということにも同時に気づく。
その事実に気づいた今、
果たして今までと同じ生活、
同じプラン
とで良いのか?と。
そう思うのはおかしなことなのだろうか?
神経質になりすぎなのだろうか。
モンスターペアレント
ならぬ、
モンスター孫娘だと思われてしまうのか。
ケアマネがいることで、
利用者が守られてる?
物事がスムーズに進んでいく?
と思うこともあるが、
退院に向けての調整🔃をしてる今、
もはやケアマネが全て。というか、
残念ながら
ケアマネがいるせいで…
という感じに私のなかでなってきている。
特に用がないときでも、
ふらっと祖母
の状態を見に来てくれたり、
なにより全てのサービスの利用料を支払う
祖父
が信頼…しているかは知らないが、
何年もの付き合いなので、
私が説明して納得いかないことがあっても
ケアマネが話すと、
スムーズに進むことが多くある。
事情がわかってるから話が早そうってだけで
とりあえずまた担当をお願いしたけど
うーん。うーん。うーん。
ちょっと抜けているというか、
なかなか噛み砕きに噛み砕きぬかないと
話が伝わらないことがあるが、
まあまあご愛嬌?
悪気があってしてるわけではない
というのもわかるので、
特に声をあげずにここまできたけど
さすがに酷すぎないか
?
主に介護をしている私にとっては
大きな大きな壁となっていて、
長くなりそうなので次に続く。