2011年3月11日(金)
14時46分震度6強
母と二人で家にいた。
携帯の緊急地震速 報が鳴り、寝ていた母を慌てて起こすと同時に、揺れが始まった。
母は台所へ向かったため私もついていったが、台所へたどり着く前に立っていられないほどの揺れ。
冷蔵庫を押さえて、悲鳴をあげて振り回されている母の手を捕まえて押さえた。
少し揺れが弱まり、もたれつつ玄関の外へ出た。
揺れがおさまりつつあるとき、自分と母の上着とバックを取りに室内へ。
その後徒歩で迎えに行き、しばらくはずっと揺れていたので車の中で待機。
この時、天気は最悪。
吹雪いていた。
とても、室内に入る勇気はなかった。
皆が帰ってきた頃、室内から必要なものを車へ運び、避難所へ。
もう辺りは真っ暗。車のヘッドライトや懐中電灯の光のみの世界だった。
避難所は人で溢れかえっていた。
その日は車で寝ることになった。
水が出ないため、トイレも次第に汚物で溢れていた。
私の車はたいしてガソリンが入っていなかった為、数時間おきに車内を暖めてを繰り返し、朝まで耐えた。
うっすら明るくなってきた空を見てほんの少しだけ幸せを感じた。
今思えば、私はまだまだ恵まれている方でした。
14時46分震度6強
母と二人で家にいた。
携帯の緊急地震速 報が鳴り、寝ていた母を慌てて起こすと同時に、揺れが始まった。
母は台所へ向かったため私もついていったが、台所へたどり着く前に立っていられないほどの揺れ。
冷蔵庫を押さえて、悲鳴をあげて振り回されている母の手を捕まえて押さえた。
少し揺れが弱まり、もたれつつ玄関の外へ出た。
揺れがおさまりつつあるとき、自分と母の上着とバックを取りに室内へ。
その後徒歩で迎えに行き、しばらくはずっと揺れていたので車の中で待機。
この時、天気は最悪。
吹雪いていた。
とても、室内に入る勇気はなかった。
皆が帰ってきた頃、室内から必要なものを車へ運び、避難所へ。
もう辺りは真っ暗。車のヘッドライトや懐中電灯の光のみの世界だった。
避難所は人で溢れかえっていた。
その日は車で寝ることになった。
水が出ないため、トイレも次第に汚物で溢れていた。
私の車はたいしてガソリンが入っていなかった為、数時間おきに車内を暖めてを繰り返し、朝まで耐えた。
うっすら明るくなってきた空を見てほんの少しだけ幸せを感じた。
今思えば、私はまだまだ恵まれている方でした。