おにゅな靴をゲットしました。
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あと、metroの電光板時計とキャップ、リーのスキニーパンツにディッキーズ、リーバイジャケットも。ネルシャツ忘れてた。



にしても、ただでさえ捨てなきゃいかん服がこんもりあるのに、なんででしょう。


これなら合うはず。って直感がしたらすぐ買ってしまうのが気付いたら止まらないんですよね。



ま、っていってもユーズドとかサブローカル的なものが多いですから、値はたいしたことありません。



でも、今の等身大の自分を表現するのに、こうやって不器用な文章を書くのと同時に、不器用なりに洒落た店見つけて飾り重ねて、こう、なんていうんだろ、服に自分を合わせていく。



古着やアクセサリーが自分を昇華させてくれる、というか…。


リスペクトしている先輩やアーティスト、小説家がいて、その人に近づきたい、あの感情に似ています。



そっくりその姿が自分ではないんだけど、限りなく合わせていく、プラス自分がそれを着飾ったことで自分にしかない色がでてくる。


デザインはよく、人と同じことしてたらその人どまりになるっていう。真似しながら真似されないことを見つけていかなきゃならないともいう。


街を歩くしゃれおつだと俺が感じるのはストリートにアメカジとユーロリズムが入ったもの。コーディネートがうまいと思ったとしてもその人だからじゃない?て思うと同時に、試しに着てみるか、あ、いや、カラーだけメモってPCでイラスト作ってみるか、とか。
 


自分の等身大といって好きな服にお金を注いだって、世に溢れてるものの過半数が2つ以上存在してて、それにたまたま巡り合えたことは確かにオリジナルなものに見えてくるけど、けっして等身大となりえるかっていったら、そうじゃない。


服に惚れて合わせたらだめでしたとか、何年か着たらまた別のがってなりたくないから、服に目覚めて一貫してて、古着やストリートスタイルが一番似合うと思って買い続けてる。




長くなったけど、俺がなぜなかなか捨てられないかていうと、捨てるくらいなら買わないから。どうしても腐食が激しかったりしたら捨てるけど、一度惚れて買った気持ちは忘れたくないし、何年たっても同じ状態で着続けられてるって実はすごいんじゃないかと思う。


とある古着屋さんのオーナーはいつもこんなことを言ってます。


はやりに流されず、自分に似合ってると思った服をずっと着こなし続けられてる人こそ、かっこいいし、信頼できる。

とね。


大学以来通い続けてるその店のオーナーさんの話は長いけど、なぜか耳に残る。
そう、今だって、別に今日直接店に行ったわけじゃないのに思い出すくらいだから、相当だよ。



まだまだ別のが似合うとか余計な感情はたまのたまにしといてさ、とりあえず現状のストリートスタイルで最大限に似合う格好して自分らしく会社に行こうよ、とばかりに。



おっ、18日0時になった。



おやすみなさいませー。