最近よく思うのは、人生はただ飢えをしのぐために働くためにあるんじゃなくて、やりがいを感じるために働くのが手段として必要なんじゃないかってこと。


会社に入って上司の目気にしたり、部下の行動を見て評価したりってのは、それがなきゃ会社としてまわらないからってのは、大前提なんだけど、それにとらわれて自分の今いる位置を見失っちゃ、元も子もないなーなんてよく考えます。


そんな時ふとその環境から一時的に離れたと想定してみる。


すると離れた10年後に10年前のお前は後悔してないか?はたまた、離れた10年後に10年前の自分を誇りをもてるのか?


どちらにしたって、変わることの重大性は変えてしまった直後はわかりようがない。


勇気をもって環境をかえてみた。


その時はやれると誰でも考えると思うよ。


変えてなお、現実をみるか、夢見てるかで10年後はだいぶ違うはず。


俺ならこう考える。


夢を見るのは10年後回しでもいい。ただ、それまでは夢見に到達するまでの現実を頭の中で整理しなきゃならんてね。


まずは、来年かな。



んん。



とまぁ、今仕事になるかわからんが現実を動かすモーターを作ってるとこ。


六本木TSUTAYAはほんと参考になります。



でっかいキャリーケースを引っ張って東京を移動してると、やはりバリアフリーが足らない歩道が多いんだね。



ついでに言わせてもらうと、麻布十番からTSUTAYAに歩く途中でしゃがんで咳き込んでる女性が目に止まった。



あとあと電車で移動しながら、あの時の俺の気持ちに愕然としたよ。



なんで普通に声かけられなかったんだろってね。



バリアフリー求める前に自分の中にある壁をとったらどうだい?


in Shinjuku.