守   教えを学んで習得す
破   型を破って自分なりの発展を望む
離   型から離れて独自の型を目指す


「守破離」



世阿弥が作ったこの言葉。
今もなお深く突き刺さるのはなんでだろ。


自分の行動には常に意思があり、
それが周りにどういう影響を与えるか
不安やコンプレックスとどう向き合えばいいか
を彼は説いているんだけど、


この言葉の本質を理解することは
自己啓発本を読む人が増え、売れ行きが伸びてる背景と
リンクしてるんだと思う。



自己啓発本は新社会人や出世コース枝別れ世代に多く読まれるらしい。
俺は読んだことないけど笑




新入社員が読むのは言うまでもなく
何かに追われて自分を見失いかけてるからだと思うけど、

元はといえば「守」の環境下で
無数のライバルに囲まれるとつい他人と比較してしまい、
自尊心に振り回され、自分で傷ついるだけなんだとおもう。


もしうまくいかないとして、
自己否定してしまえば何もかもが振り出しで
せっかく入りたい企業に入社しておきながら雑務に追われる日々。
などと考えると本末転倒になってしまう。


雑務も立派な仕事で、誰かがやらなきゃならない
仕事であることに気づかないままやめてしまえば、
また次の職場で新人扱いを受けたときに
同じリアクションをとってしまうのが目に見えてくる。


この際の「守」がいう”教え”は
自分の立場と会社の立場をうまく適応させるよう
常に試行錯誤してれば、
どんな人だっていつか必ず認めてもらえる
って意味なんだ。


そう思わなくちゃいかん
と、ある方からの話を聞いて
感じたわけです。



守破離。
今日は良い言葉を覚えたなー