わたしたちは皆、「創作」しながら生きてる。

 日常を

 自分を

 家庭を

 料理を

 言葉を。

 

 わたしたち全員
 自分が描いた「姿」を現実にする
 創造主でありクリエイターだから。
 

 

 

 ちぇりです。


 この記事では自己紹介として
 「創作」にわたしが込める正義、美学と

 わたしがこれから
 それこそ、「創作」していきたい世界について
 まとめていこうと思います。

 

24時間365日を楽しみ尽くす、「創作」

 


 ひとことで言えば、

 Remember the Wizard.
 なんだって創れる魔法使いであることを思い出そう。


 ってこと。



 あっ、大丈夫。
 「これがなんでも叶う魔法の薬だよ」とか言って
 白い粉を売りつけたりはしません。笑


 どうして「魔法使い」なのかって言うと
 わたしの辿ってきた経歴にその答えがあるので
 わたしの略歴を紹介しますね。
 

 英語科専攻
 ↓
 プログラマ
 ↓
 システムエンジニア
 ↓
 ITコンサルタント
 ↓
 アーティスト、事業者の支援


 歩んできたのは
 英語、日本語、機械語、という「言葉」と
 基幹、Web、アプリ、の「システム」を扱う道。

 そして、人を、インフラを、支える道。

 システムを扱う身として
 一つの目指す姿、ある種憧れに
 「ウィザード」というものがあります。

 高度な知識、手段を用いた「魔法」のような技術を持つ
 限られた一握りの人のことをそう呼びますが

 パソコン一つで何だって創ってしまう彼らが
 「魔法使い」と呼ばれるのには、納得ができますよね。


 
 とはいえ、「魔法使い」であるのは
 システム屋だけではないと思っているんです。



 空間をも、頭と指先で具現化し、夢をもたらす
 物書きも絵描きも。

 身体と心と頭を健康に保ち、安堵をもたらす料理を作り
 ほっ、と落ち着ける居心地のいい、帰りたくなる場所を創る
 家庭人も。

 互いの発する「声」という音で、「行動」という周波数で
 癒し、鼓舞し、笑顔をもたらす
 わたしたち全員。


 自分が描いた「姿」を現実にする
 創造主でありクリエイターだから。

 

 すべては「創作」であり 
 人生は
 真っ白なキャンバスに筆を降ろすように
 まっさらなエディタにmain()関数を打ち込むように

 自由に描ける。

 

 

 


 わたしにとっての「創作」とは

 日常であり

 自分であり

 家庭であり

 料理であり

 言葉であり

 小説であり

 イラストであり

 プログラムであり

 音楽であり


 目に映る、耳で、肌で感じる全て、です。

 カタチになった作品も
 カタチに残らない表現も
 すべてが、誰かによって創り出されている。


 なぜならわたしたちは、
 これらの
 表現、作品、言葉、関係性、すべてに
 温度を感じているからです。


 システム屋が、物書き絵描きが、家庭人が、わたしたち全員が
 創り出すもの、発するもの。

 それは、暖かかったり冷たかったり、様々。

 同じ言葉を一つ取り上げても
 暖かく感じたり冷たく感じたりするように。



 つまり、創り出すもの、発するものに
 創造主でありクリエイターであるわたしたちが
 どんな「気持ち」を詰め込んでいるか。

 それが、温度として、伝わるのだということ。

 

 どれだけ文章が整っていても
 どれだけ絵が上手くても
 どれだけ料理が美しくても
 どれだけ整頓された家でも

 そこに何の「想い」も込められていなければ
 「誰に届いてもいい」
 大量生産品であり、模造品でしかないんです。


 創り出すものに、発するものに
 創作者、つまりわたしたちの
 「正義であり美学」がどれだけ詰め込まれているか。

 これが、温度の違い。





 目に映る、耳で、肌で感じる全て
 つまり、誰かが創り出したもの、発したもの、が
 その誰かの正義であり美学「そのもの」であるとも言える。

 わたしが定義する正義や美学は
 自分が絶対に譲れないこと。
 自分が創る、自分だけの台本。
 自分にとって、光差す明るい未来に繋がるもの。


 「私にとっての正義や美学はこれだ」と
 誰もが皆、胸張れるか、というと
 今はそうでもない、のだと思っています。

 なぜなら
 正義や美学は、
 創り出し、発するわたしたちが
 思考し
 気付き
 体現し
 創り上げた空間

 つまり、日常生活そのもので深められていくから。


 24時間であり、毎日の日常生活。
 その時間にこそ
 創作の、表現の源流がある
 のだと、わたしは感じています。
 

 

 
 創作の、表現の源流である日常

 つまり

 

 自分の思考であり

 行動であり

 仕草であり

 表情であり

 発する言葉であり
 声のトーンであり

 会話であり

 生活空間そのものであり

 質であり

 見せる背中であり

 集う仲間

 

 ここに

 自分の、自分たちの正義が、美学が存在しなくて

 その自分から、自分たちから

 出力される

 発信される

 表現される

 創り出されるものに

 正義が、美学が存在していると言えるのか。


 生み出す側の人間に存在しないものが

 生み出された側の作品に、存在出来るはずがないんです。

 

 

 だから、

 

 24時間365日

 毎日の日常生活を過ごす自分が

 自分の正義を、美学を貫いて

 どこから切り取って見ても

 「これがわたしだ」と誇れる。

 

 そう言えて初めて、

 自分が創り出す、表現する創作品が、表現物が

 自分の正義を、美学を反映している、と言えるわけです。

 

 

 創作者であり、創造主、クリエイターは

 

 周りの顔色を伺って

 好きだ、嫌いだ、の周囲の反応に敏感になって

 相手に迎合する作品を生み出すような人、ではなく

 

 自分に芯を持って

 自分が「いい」と思うことを貫き

 自分の基準で

 徹頭徹尾こだわり抜いている人。

 

 そんな人だと思うんです。

 

 

 そんな創作者が紡ぐ日常は
 日常こそが

 正義に、美学に、溢れているはず。

 

 日常こそを

 楽しみ尽くしているからこそ

 溢れ出した「想い」が

 作品、表現、というカタチを取って

 湧き出てくるのだと思う。

 

 

 つまり

 作品、表現は副産物であり

 見え方の一つであり

 本塊は、自分自身に、日常生活にこそ

 存在しているということ。

 

 

人生に必要なことは「創作」が教えてくれた

 

 このブログでは

 

 24時間365日を「創作」しながら

 楽しみ尽くしている

 楽しみながら、めきめきと成長を重ねている

 わたし、ちぇりが

 

 自分の今日が、明日が

 人生が、未来が

 「拓けている」という確信を持った

 その旨の内をまとめています。

 

 

 すべては、

 

 自分の思考の整理整頓が目的であり、

 わたしの思考に共鳴する人のためのもの。

 

 

 だから

  

 わたしがこれまで何を感じ

 どう思考してきたのか。

 どう生きてきたのか。

 その根拠はなにか。

 

 という

 その辺のブログ的な「お勉強」の話よりも

 生き方、こだわり、正義、美学。

 その「基準値」となる話が主になります。

 

 

 「基準値」とは、「目の光」に表れる。

 

 「誰か」の下

 顔色を伺いながら

 嫌われないように日常を過ごす人と

 

 「自分」の下

 自分の「いい」と思うことを貫き

 自分の基準でこだわり抜いている人と

 

 見比べて見ると一目瞭然でわかる。

 「目の奥の光」が全く異なるから。

 

 

 「自分」で自分を決められる人は

 日常の24時間365日を

 「どう楽しくしようか」

 「今日はどんな新たな気付きがあるか」という

 

 ほとばしるような好奇心と衝動が

 目の奥から溢れ出しているんです。


 

 

 なんとなく生きていたこれまでよりも

 世間が言う「正解の道」を突き進んでいた時よりも

 企業戦士として

 エンジニアとして、コンサルタントとして

 会社の最前線で戦ってきた時よりも

 

 今わたしは、自分の今日が、明日が

 未来が、人生が、「自分的である」と思えています。

 

 つまり、目の奥が光り輝いている状態である、ということ。

 

 

 その状態のわたしのすべては

 作品は、表現は、日常は、24時間は

 より、光を増していきます。

 

 日常の丁寧さが変わり

 日常に向かう姿勢が変わり

 世界を、周りを見える目が変わり

 周りに集まる「仲間」の目の光が変わり

 

 生きる原動力が、変わっている。

 

 

 だから

 これから創り出すすべてが

 わたしが表現するすべてが

 過去を遙かに凌駕する。

 

 そう、自信をもって言えるんです。

 

 一味も二味も違うぞ、と。

 

 

 物語を描いても

 絵を描いても

 料理を創っても

 家を整えても

 言語を教えても

 プログラミングをしても

 システム構築しても

 企業・個人のコンサルタントをしても

 

 過去とは完全に別物になる。

 

 そう言える自分であるからこそ、

 そう語れる、「創造」を行う創造主と

 出逢いたいと願ってやみません。

 

 

 そのために

 わたしが何をどう感じているのか

 わたしがどう思考しているのか

 そして、どう生きていくのか。

 

 その根幹となる

 「希望」の創り方、を綴っていきます。

 

 

 「創作で24時間365日を楽しみ尽くしちゃう遊び方」

 は3つの構成で、ブログ講座としてお届けします。

 

 「これがわたしだ」と誇れる、24時間365日シリーズ

  すべてを創る、自分の「スキル」編。

 

  ※タイトルをクリックすると、各記事に移動します※

 

 1.こだわりを、未知の分野に迎えに行く

 2.自分で自分を諦めてた

 3.一切、妥協しないことが「当たり前」

 

 予想ではなく予測できて初めて、スタートラインシリーズ

  世界を見つめる「視点」編。

 

  ※タイトルをクリックすると、各記事に移動します※

 

 1.「知ってること」の殻を破る

 2.願っていても、全ては揃わない

 3.自分で背負う。全部。

 

 個人で習慣。複数人で文化。未来を創るなら?シリーズ

  未来を共に創る「戦友」編。

 

  ※タイトルをクリックすると、各記事に移動します※

 

 1.才能、利便性は、むしろ邪魔

 2.本音を届けるタイミング

 3.「かっこいい大人」としての「生き方の背中」

 

 1つ目と2つ目については

 ビジネス書やネット上では

 「自分磨き」「自己啓発」という表現で

 使われている内容にも等しいと思います。

 

 わたしたちが日常を変えたいと思った時には

 まず「自分」を変えないとそもそも何も変わらない。

 と思いがちです。

 

 それは間違いではありません。

 ただ、

 

 自分「だけ」を変えたとしても

 未来は変わらない。

 

 なぜなら、日常のルールが変わっていないから。

 自分の周囲の「当たり前」が変わっていないから。

 

 どんなこだわりを持って

 どんな正義で

 どんな美学で

 どんな仲間と

 

 日常生活を創っていくのが良いのか。

 

 その根本が変わらないと

 どれだけ自分を変えても

 どれだけ努力をしても

 どれだけ自分の基準で生きていたとしても

 

 ルールが、「当たり前」が変わっていない日常に

 違和感が残ってしまう。

 

 

 それこそ

 一人だけ「頑張ってる」状態になって虚しくなったり

 真面目で優しい人ほど鬱になってり

 芸能人が、アーティストが

 ドラッグに溺れたり、自ら命を絶ったりするのは

 

 自分と、ルール、「当たり前」に乖離を感じてしまったから。

 

 

 結局のところ

 

 自分を

 仲間を

 世界を

 ルールを

 「当たり前」を

 『自分の手で創る』のか

 

 親や

 学校の先生や

 会社の上司や

 社会、世の中の

 『誰かの手で創られたルールに乗る』のか

 

 どちらを選ぶのかによって、まるで変わります。

 何もかもが、違う。

 

 

 だからこそわたしたちは

 最高の空間で、最高の自分で

 いることが大切なんです。

 

 

 最高の空間の創り方を

 3:未来を共に創る「戦友」編

 

 最高の自分の創り方を

 1:すべてを創る、自分の「スキル」編

 2:世界を見つめる「視点」編

 

 で綴っています。

 

 

 これが、わたしの考える

 「創作」で24時間365日を楽しみ尽くす、遊び方。

 

 

 人生に必要なことは「創作」が教えてくれたし

 「創作」が伝えてくれる。

 

 

 理想を創ることもそう。

 

 なぜなら、わたしたちは皆

 自分が描いた「姿」を現実にする
 創造主でありクリエイター、つまり

 

 「創作」者であるから。

 

 

 

 かつてわたしたちは

 目を輝かせて想像して

 手を脚を、身体を使って

 何だって創造した。

 

 世界の中心には自分がいて

 

 上の下も右も左も関係なく

 360度全方向、どこに進んだって良かった。

 

 なにが起きるかわくわくしながら

 飛び跳ねるように前に進んでいた。

 

 でも、成長するにつれて

 たくさんの言葉と

 たくさんの視線と

 たくさんの優しさによって

 進む「べき」道が形作られて

 未来に起きる出来事を予言されるようになった。

 

 いつしか

 その予言に沿うように

 自分の進む道を

 自分が導く答えを

 創り出す「表現物」を

 踏み出す前に「決めて」しまうようになった。

 

 でも、思い出して。

 

 

 わたしたちは誰しも、魔法使いだったこと。

 そしてそのチカラは、今もしっかり持っていること。

 なんだって想像して

 なんだって創造できるんだってこと。

 

 

 Remember the Wizard.

 

 

 なんだって想像して

 なんだって創造して

 24時間365日を、「創作」という魔法を使って

 楽しみ尽くそう。

 

 

 

 「創作」とは、人の日常生活のすべて。

 

 

 わたしがこの記事でお伝えしたかったのは

 

 「創作」することが、日常を楽しくするし

 日常を楽しんじゃうことが、「創作」をする、ということ。

 

 

 

 自分自身をも、独創的に創作して、

 24時間365日を楽しみ尽くしていきましょう!

 

 

 

 それでは次は、各記事で。

 

 Follow your heart.

 ちぇり。