こんばんは。
6日の日曜日に帰ってまいりました。
すぐにアップしたかったのですが、
体調を崩しましてやっと少しましになりました。
参加する前は不安もたくさんありましたが
多くの方の励まし(自分から頼んでおいで…笑)ありがとうございました。
2日の夜にバスに乗り10数時間…。
1日目(3日)のお昼に一度陸前高田市を通りました。
実際に訪れるまでは映像で数回見た程度で、リアルになんて感じなかった。
山間部から市街へと向かうなか、まだ市街までは程遠い場所から急に風景が変わった。
あれ?なんかその辺の家なんで梁だけなんやろ…まだ海見えてへんのに
なんてのん気なこと思ってた…
どんどんと道が平地になり、海に近づくにつれコンテナのファミマや
薬局などが目に飛び込んでくる。
おいおい、まさかここまで津波が?
嘘やろ…
信じれない思いを乗せてドンドンバスは進む。
ついに緩い下り坂を降りた瞬間、目の前は何もなかった。

あるはずの建物がない。
平地には見たこともない映像…
ぶっ壊れた車が山積みになっている。
瓦礫が山積みになっている。

ひどい…ひどい。なんじゃこれ。。。
それしか言えない。
理解できない。
ただただ外の景色を見るしかできない。
そして、一本松

これは今、陸前高田の象徴になっている。
7万本あった松が奇跡的に1本残っている。

気仙中学校

海の近くだったためすべて飲み込まれています。
一旦現場おりてみる。
「生活」があった場所

寄り道を終えてボランティアの拠点へ向かう。
ボランティアの拠点は遠野まごころネットという団体だった。
http://tonomagokoro.net/
すべてボランティアの方で運営されている。

全国から集まった有志の方だった。
運営とは別に個人参加でボランティアに来ている方は5月からきている方もいた。
中には外人さんもいた。
そして母校、大阪国際大学も人数は聞いていないが60~80人くらいの団体できていた。今回が2回目らしい。
2日目に後輩たちとたくさんしゃべりましたよ。
到着して全体ミーティングして、初めての方のオリエンテーションが始まった。
ボランティアの心構え、注意点など。。。。
その中でビビったのが、
釘やガラスなどが多くあるので注意してください。
そして、写真や保険証や遺骨…
いこつ…遺骨?…まじかよ。
焦った。実際にたまにではあるが見つかるらしい。
でもないっしょーって勝手に思ってた。
そして1日目即座に10時就寝。
4日(2日目)
6時起床
7時半朝礼
8時移動開始
目的地は陸前高田市上長部地区。
この地区は沿岸部より山側に1.3キロ離れた場所。
水産加工工場が津波の被害にあい冷凍の鮭・いくら・さんまなどが約800万トン
流されてきた地域。
数ヶ月間は腐敗臭がえげつなかったらしい。
http://tonomagokoro.net/archives/5679
そんな場所も今は復興から復旧にレベルアップした地区でした。
なんだ、もっと過酷かと思った。と内心ほっとする。
そして初作業は側溝の泥だし、瓦礫撤去でした。
え??
ここなにも溝なんてないけど…なんて思っていたけど、全部埋まっていました。

せっせと作業。底が見えない。
そして、悪臭。
海水だから仕方ない。
そして出てくる出てくる。あるはずもない物。
CD・茶碗・タオル・瓦・ガードレール等
そしてサンマの頭…
こんなスペースにこれまでかといろんな日常が詰まっていた。
そして、昨日のオリエンでの話を思い出した。
陸前高田市は10月26日現在
死者数:1554名
行方不明者数:305名
いまだに行方不明の方も多くいる。
現実として実感した瞬間でした。
作業は慣れない力作業でもあり疲れましたが、自分のペースでできるので
大丈夫でした。
午後は付近の川の瓦礫撤去。
これまたたくさんのものを拾いました。

横には数日後に開催されるという運動会の準備を先生方が行ってました。
暗い気持も少しうれしくさせてくれました。
作業も終わり終礼をしていると地元住民の方からカフェオレの差し入れです。
バスに乗って飲むカフェオレのおいしさは初めて味わった味がしてかみしめるように飲み干しました。
ありがとうございました。
宿泊地に帰ってそっこー風呂と飯行って10時就寝…
さすがに疲れたね。おやすみ
6日の日曜日に帰ってまいりました。
すぐにアップしたかったのですが、
体調を崩しましてやっと少しましになりました。
参加する前は不安もたくさんありましたが
多くの方の励まし(自分から頼んでおいで…笑)ありがとうございました。
2日の夜にバスに乗り10数時間…。
1日目(3日)のお昼に一度陸前高田市を通りました。
実際に訪れるまでは映像で数回見た程度で、リアルになんて感じなかった。
山間部から市街へと向かうなか、まだ市街までは程遠い場所から急に風景が変わった。
あれ?なんかその辺の家なんで梁だけなんやろ…まだ海見えてへんのに
なんてのん気なこと思ってた…
どんどんと道が平地になり、海に近づくにつれコンテナのファミマや
薬局などが目に飛び込んでくる。
おいおい、まさかここまで津波が?
嘘やろ…
信じれない思いを乗せてドンドンバスは進む。
ついに緩い下り坂を降りた瞬間、目の前は何もなかった。

あるはずの建物がない。
平地には見たこともない映像…
ぶっ壊れた車が山積みになっている。
瓦礫が山積みになっている。

ひどい…ひどい。なんじゃこれ。。。
それしか言えない。
理解できない。
ただただ外の景色を見るしかできない。
そして、一本松

これは今、陸前高田の象徴になっている。
7万本あった松が奇跡的に1本残っている。

気仙中学校

海の近くだったためすべて飲み込まれています。
一旦現場おりてみる。
「生活」があった場所

寄り道を終えてボランティアの拠点へ向かう。
ボランティアの拠点は遠野まごころネットという団体だった。
http://
すべてボランティアの方で運営されている。

全国から集まった有志の方だった。
運営とは別に個人参加でボランティアに来ている方は5月からきている方もいた。
中には外人さんもいた。
そして母校、大阪国際大学も人数は聞いていないが60~80人くらいの団体できていた。今回が2回目らしい。
2日目に後輩たちとたくさんしゃべりましたよ。
到着して全体ミーティングして、初めての方のオリエンテーションが始まった。
ボランティアの心構え、注意点など。。。。
その中でビビったのが、
釘やガラスなどが多くあるので注意してください。
そして、写真や保険証や遺骨…
いこつ…遺骨?…まじかよ。
焦った。実際にたまにではあるが見つかるらしい。
でもないっしょーって勝手に思ってた。
そして1日目即座に10時就寝。
4日(2日目)
6時起床
7時半朝礼
8時移動開始
目的地は陸前高田市上長部地区。
この地区は沿岸部より山側に1.3キロ離れた場所。
水産加工工場が津波の被害にあい冷凍の鮭・いくら・さんまなどが約800万トン
流されてきた地域。
数ヶ月間は腐敗臭がえげつなかったらしい。
http://
そんな場所も今は復興から復旧にレベルアップした地区でした。
なんだ、もっと過酷かと思った。と内心ほっとする。
そして初作業は側溝の泥だし、瓦礫撤去でした。
え??
ここなにも溝なんてないけど…なんて思っていたけど、全部埋まっていました。

せっせと作業。底が見えない。
そして、悪臭。
海水だから仕方ない。
そして出てくる出てくる。あるはずもない物。
CD・茶碗・タオル・瓦・ガードレール等
そしてサンマの頭…
こんなスペースにこれまでかといろんな日常が詰まっていた。
そして、昨日のオリエンでの話を思い出した。
陸前高田市は10月26日現在
死者数:1554名
行方不明者数:305名
いまだに行方不明の方も多くいる。
現実として実感した瞬間でした。
作業は慣れない力作業でもあり疲れましたが、自分のペースでできるので
大丈夫でした。
午後は付近の川の瓦礫撤去。
これまたたくさんのものを拾いました。

横には数日後に開催されるという運動会の準備を先生方が行ってました。
暗い気持も少しうれしくさせてくれました。
作業も終わり終礼をしていると地元住民の方からカフェオレの差し入れです。
バスに乗って飲むカフェオレのおいしさは初めて味わった味がしてかみしめるように飲み干しました。
ありがとうございました。
宿泊地に帰ってそっこー風呂と飯行って10時就寝…
さすがに疲れたね。おやすみ