「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -194ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ26:13

見よ、神が地獄の苦痛から解き放してくださった同胞の数は、何千人にも上るではないか。彼らは今、贖いをもたらした愛について歌うようになっている。これはわたしたちの内にある神の御言葉の力のおかげである。だから、大いに喜んでよいのではないだろうか。

 

「もしあなたがたがわたしを知っていたならば」2016年10月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会

新約聖書の中で,ある父親が救い主に自分の子供を癒してくださるように願いました。イエスはお答えになりました。

 

「『もし信じることができるならば,信ずる者には,どんな事でもできる。』

 

その子の父親はすぐ叫んで,涙を流しながら言った,『信じます。不信仰なわたしを,お助けください。』」(欽定訳〔英文〕マルコ9:23-24から和訳)

 

「不信仰なわたしを,お助けください」という父親の願いについて,何度も思い巡らし,彼の願いは,何よりもまずイエスを贖い主,癒しの力を持つ御方として信じられるように助けてほしい,ということだったのではないかと思います。すでに彼は,キリストを神の御子として認めていたのではないでしょうか。それでも,主の癒しの力が自分の愛する息子を祝福してくださるほど個人的に与えられると信じたいと思い,助けを求めたのかもしれません。キリストを一般的な意味で信じてはいても,具体的に,そして個人的には信じていなかったのかもしれません。

 

真実であると知っていることについて,わたしたちはよく証します。しかし,自分が知っていることを信じているかどうかを問いかける方がわたしたち,一人一人にとってより適切かもしれません。

 

……

 

… 主の贖罪が持つ,人を変化させ,癒し,強め,聖める力を個人的に経験するにつれて,キリストを信じ,キリストを知るようになります。「神の御言葉の力」アルマ26:13がわたしたちの中に根を張り,思いや心の中に書きつけられヘブル8:10参照),「〔主〕を知……るように,〔わたしたちが〕自分の罪をすべて捨て」アルマ22:18るとき,主を信じ,主を知るようになります。

 

主を信じるとは,主の豊かな祝福をわたしたち個人の生活と家族の中で受け,当てはめることができると信頼することです。聖約の道を前進し,自分の意思を主の優先順位と主が定めてくださった時期に従わせるとき,わたしたちは全身全霊を込めて主を信じるようになります。オムナイ1:26参照)主を信じる,つまり主の力と約束が真実であると受け入れることによって,自分の生活に正しいものの見方と平安と喜びがもたらされます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ26:13

見よ、神が地獄の苦痛から解き放してくださった同胞の数は、何千人にも上るではないか。彼らは今、贖いをもたらした愛について歌うようになっている。これはわたしたちの内にある神の御言葉の力のおかげである。だから、大いに喜んでよいのではないだろうか。

 

「どんな状況にあっても感謝する」2014年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

兄弟姉妹の皆さん,わたしたちには自分が置かれている状況に関係なく感謝に満たされてよい理由がないでしょうか。

 

「神への感謝で心を満た〔す〕」ために,さらに何か理由が必要でしょうか。アルマ37:37

 

「大いに喜んでよいのではない〔でしょう〕か。」アルマ26:13

 

人生という驚くべきつづれ織りに神の御手の業を認める人は何と幸いでしょうか。天の御父に対して感謝の念を抱くとき,理解が広がり,視界が開けます。謙遜になるように促され,同胞や神の全ての創造物を思いやる気持ちが育まれます。感謝はキリストのような属性の全てを身につけるための促進剤なのです。感謝の心はあらゆる徳の源です。(マルクス・トゥッリウス・キケロ,Oratio Pro Cnæo Plancio, XXXIII, section 80参照。ジョセフ・B・ワースリン “Live in Thanksgiving Daily,” Ensign,2001年9月号,8)

 

主は次のように約束しておられます。「すべてのことを感謝して受け入れる者は,栄光を与えられるであろう。また,この世のものも百倍,いやそれ以上加えられるであろう‎。」教義と聖約78:19

 

わたしたちが「日々感謝しながら生活」し,アルマ34:38特に現世の一部である一見説明のつかないような終わりを経験しているときに,感謝することができますように。憐れみ深い天の御父への感謝で心が満たされますように。絶えず声を上げ,天の御父とその愛する御子イエス・キリストへの感謝を言葉と行いによって示すことができますように。このことを祈り,わたしの証と祝福を残します。わたしたちの主,イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ26:8

神の御名がほめたたえられるように。わたしたちの神を賛美して歌おう。神の聖なる御名に感謝をささげよう。神はとこしえに義を行われるからである。

 

「音楽による礼拝」(英文)1994年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会

賛美歌を歌うことが礼拝のすばらしい方法であることは、聖典のここかしこに述べられています。救い主と使徒たちは最後の晩餐で崇高な体験をともにし、2階の部屋を去る前に賛美歌を歌いました。その後、救い主は彼らをオリブ山へと導かれましたマタイ26:30参照)

 

使徒パウロはコロサイの人々にこう勧告しました。「互に教えまた訓戒し、詩と賛美と霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい」コロサイ3:16アルマ26:8も参照)

 

近代の啓示も神聖な音楽の大切さをもう一度強調しています。予言者ジョセフ・スミスを通して授けられた初期の啓示の中で、主はエマ・スミスを任命してこう言われました。「わが心に適うところを汝に与うるが故に、汝はわが為に聖なる歌を選びてわが教会の用に供するを得ん。すべて心の歌は、われの悦びなり。然り、義しき者の歌はわれに対する祈りなり。彼らの頭に祝福を与えてその応えとなさん」教義と聖約25:11-12

 

それから主は、ジョセフの後の予言者にも啓示を与えて、「歌を唱い楽を奏し…主を讃め称え」るよう民に命じられました教義と聖約136:28

 

歌声をもって主を賛美するというこの指示は、大きな集会に限られているのではありません。現代でも主の使徒たちが集まると、集会の中で必ず賛美歌を歌います。ソルトレーク神殿で行われる大管長会と十二使徒定員会との週例の集会は、いつも賛美歌で始まります。オルガン伴奏をするのはラッセル・M・ネルソン長老です。開会の賛美歌を選ぶ権限は、この集会を司会する大管長会が交替で行使します。私たちのほとんどが、歌った賛美歌のページに日付を記入していますが、私が十二使徒に召されてから10年間で最も多く歌われた開会の賛美歌は『たえず頼り主求む』(賛美歌53番)でした。ひと握りの主の僕たちが、自分たちに与えられた大きな責任を果たすために導きを求めて祈る前に、賛美歌を歌っている姿を思い浮かべてください。

 

 

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)