60回 福飯ケ峯
実施日・・・・令和3年5月30日(日)
目的地・・・・・・和歌山市
メンバー・・・・・ふたり合わせて161才
移動手段・・・・自転車
コースタイム
駐車地11:00~~11:11鉄塔~~ウロウロ~~11:22いったん車道へ
~~11:30中言神社西の登山口~~12:00山頂12:03~~
12:35 駐車地ゴール
土曜日、娘が所用で我が家に来てすぐ、久しぶりに長男夫婦も一緒になった。長男夫婦は早めの父の日のプレゼントとして私の大好きな藤井二冠の扇子をくれた。
長男夫婦も、日曜日はほとんど山歩きをしている。明日はどこの予定しているのか? と聞いてみると 「明日は暑くなるだろうから・・・?」と曖昧な返事だった。
私達二人は、このところ日曜山行はほぼ行っている。この土曜日には妻からまだ日曜日の予定を示されていない。長男の言うように暑い日になるかも知れない。
日曜日の朝、夏日のような陽気が差し込んでくる。 朝食を済ますと突然妻は 「これからあそこに行こう・・」と言いだした。 あそことは、自宅から歩いてでも行ける場所にある山だ。
ここ何年も前から「登りたい。登りたい・・・」と言い続けていた。
山と言うより高台のような山だ。
この山は顔の真ん中に位置する鼻のようにこの地域に一つのみ独立した独峰だ。山のふもとには民家や田畑が、そしてお寺も神社もある。たった102.3mの高さだ。
妻はこの山の近くの道路を通りながら、きまって言うことばは、「一度のあの山に登ってみよう・・」であった。
山というものを相手にするならば、そこそこの準備を要するが、二人はそこらの桜を見るように自転車を走らせる。
10時過ぎに自宅を出て現地に向かう。GPSの画面を見るも登山口がはっきりしない。道沿いで男性に山の様子を聞くも 「わからない」 という。
彼は子どもの頃「山行き」と言って、かまどや風呂の薪を取りに上がっていて、その当時は山の隅々まで知り尽くしていたという。山の中腹に関電塔があってそこまでは関電が管理しているが、そこから山頂までは全くわからないという。彼はイノシシの話しに加え、マムシに気をつけて・・・という言葉を残して家の中に消えた。
二人は寺の参道の入口から関電道を上っていく。荒れている山道であるが、道と言えば疑いのない道だ。
鉄塔について、ここからの道が見当たらない。
第一候補の登山口は見つからず・・
第二候補の登山口・法紹寺参道へ ピンク印から入山
鉄塔管理道
鉄塔到着
ここから先に進む道見当たらず(>_<)
妻は「いったんここを下ってみよう・・」と言いだした。GPSが示す山頂の方角とは逆だ。二人は雑木林の道なき道に入る。急な下りがあり、段差が大きいところにはハシゴがかけられていた。木々をかき分け下っていくと麓の集落の農道に出た。
出発点のレベルに戻ってしまったことになる。
段差が高いところはハシゴ設置
第二候補登山口からの入山も失敗
地図上の破線を辿って仕切り直し農道に着地
しばらく南方角に農道を歩く。
歩を進めていると神社参道の階段があってここを上りきった辺りが山頂への登り口のようだ。妻は盛んにGPSを操作している。
意を決して再度の挑戦に入る。
第三候補の登山口・中言神社への参道
まっすぐは神社への参道
ここから入ります
地図上の破線が途中まで
藪こぎ状態を抜けて西側の視界が開けました
とにかく、我武者羅に上っていく。唯々、GPSの示す頂上の方向に足を進める。しばらく上っていくと目の前にトラロープが現れた。このロープは山行用のものではなく多分タケノコ用と思われる。とにかく山頂の方向に設置されているようだ。この急なロープ坂を上り終えると、木の幹に赤いテープを見つけた。第二、第三のテープの先に150年以上の樹齢と思われる大木が山をかばうように枝を張っている。その先に頂上を示す石柱(三角点)を見つけた。ここが福飯ケ峯の頂上なのだ。
妻は「やっと頂上に来たね・・・(^^)/ 」
長年、口癖のように登りたいと言ってきた山。近くて遠かった山、福飯ケ峯に登ったのだ。
初めてのピンクリボンにほっ!
踏み跡はしっかりついてます
石垣の段々畑の跡
地図上の破線はここまで
山頂方向に向かって草むらを進みます
はっきりした登山道がみつかりました
勾配がきつくなったところでトラロープ
長~いロープを伝って上ります
ピンクリボンに安心!
大きな木
福飯ケ峯山頂に着きました
来た道を戻ります(北へ)
上りに使ったロープがない!ない!
軌道修正して100mほど戻るとこんな案内板が・・・
見落としていました。ここで左に進みます
ロープを伝っていくと竹林に進入
道はしっかりあります
竹林を出ると中言神社の東側に出ました
境内を通って駐車地に戻ります
お疲れさまでした
この山はかつてはこの地域の貴重な山だったと思う。燃料としてもそうであったが、山頂付近にはかつての畑の石垣が残っていた。麓には神社、お寺もあって地域の山として信仰の対象にされていたのかも知れない。
この山には、幾つかのルートがあると思うが、今日の私達のルートは失敗も重なったものだったが、長年の思いも手伝って、少々の悪戦苦闘の末、ともかく頂上に達することが出来た。
山頂付近は荒れ放題のそしりは免れないが、かつての生活必需品であった雑木が大きく成長し、絡み合っている。
したがって、山登りの遠望など一切期待出来ないが、いつもの変らぬ山の頂上の姿を目にすることが出来、二人は一種の征服感を味わうことが出来た。
この山も時の流れの中で、人々の生活から離され孤立化している。人々の生活のど真ん中に存する福飯ケ峯が再び地域社会の一員に加わってくる時代が又来るかも知れない。
二人はこんな思いを残しつつ、峯の麓の農道に自転車を走らせた。
~~~今日の日もありがとう~~~
今日の歩数=4096