俳優として一流に・・・そして新たな映画の可能性に向かって・・・ -62ページ目

震える

昨日クランクアップでした。



   OH!皆本レイカちゃんよー



撮影本番になるとすべてするりと繋がって納得いくことが多かった。

当日実際その状況に置かれて、もうどうしょうもなくただそうなるてことが多かった。



考えすぎてがっちがち、よりは、腑に落ちて良かったけど

いかんせん自分のやったこと俯瞰できてないのだなー

                     という問題。


他の人を見て思った。

その人は感情をぶんぶん振り回しながら、且つそれを緻密にあるべきところに置きなおしたり、していた。

すごく激しながら、震える声で、「すみません、監督もっと○○ですよね」とか言ってた。

その「感情を起し、でも押し殺してコントロールしてカタチをデザインして一つの硬い自分の表現を作る」

その色気が面白いな、ドラマティックだなと思った。



把握しないとな、自分のやったこと。




じぶんがどのようにしているか、見よう。


次の仕事はできた映画をみること。




皆本レイカ:西山真来

その後。編集される龍子ちゃん。




宮城芙美乃です。

さて、撮影が無事に終了しました。

ありがとうございます。

一体どう出来上がるのか
ドキドキです。


出来上がる…といえば

私ってば撮影後何度も
「編集しにくかった」

と言われているのです。

???

余談ですが、
「世界ふしぎ発見」の
某レポーターは
毎回編集作業の見学をしに行くそうです。



そのおかげで
自分のレポートの仕方が
変わったらしいのです。




レポーターと役者は少し違うかもしれませんが、
まさに、映像ならでは!
の思考だよなーと 思う。



編集しにくい芝居って
なんじゃら?の旅をすることが

今回の私の執着ポイント
だったのですが



同時に嫌な女を作り上げる事に
執着していたわけで。

しょっちゅう
わけわからなくなっていた。


でも、全てを同時をやってしまう役者もいるわけですね。

悔しいな。ギリギリ。


宮城芙美乃
俳優として一流に・・・そして新たな映画の可能性に向かって・・・-I.jpg

マイナス思考

高橋宙無です。

日曜日来ましたね。
明日で撮影も最終日なんですね。

明日はきっと最も過酷になるでしょうね。

それは撮影現場がとか、撮影スケジュールとか、そんな生ヌルっちぃ話じゃない。

何よりも過酷なのは“自分”に邪魔をさせないこと。

“自分”という嫌でも出てくるアカをひとつひとつ剥ぎ取って自分自身を変えていけるか。

『自分との闘い』と言ってしまえばかっこよく聞こえてしまうが、中身はいたってシンプル。

俺の今までの芝居は、自分に何かプラスして、役の面白そうなことを感覚的に取り込んで芝居を形作ってきた。
そして芝居では常に何か面白いことヤラカソーと意気込んできた。

しかし、そのせいか、俺の芝居にはいつも力が入っている。
決して自然体でもナチュラルでもなく、プラスし過ぎた体が重くて嫌でも力が入ってしまうのだ。

その芝居で評価を頂いたこともあったが、過去はどーでもいいのよ。

俺が俺の芝居に飽きちゃってるから。

有名なアクターズスタジオのメソッドでは(聞いた話で詳しくは知らないが)、芝居の前に、まず“集中”と“リラックス”をとことん鍛える。
みんなの見られてる前で、普段の自分の生活を普段通りに生きる。
見られてるという自意識がなくなるまで、演じるという意識がなくなるまで何時間も。
それを基礎として何ヵ月も、はたまた一年もみっちり鍛える。

それをクリアした者だけが次のステップへと進める。
その話を聞いたとき、俺は多くのものを無視しながら演じすぎなんじゃないかと自分の足元を見た。

そしてすべてを捨ててくマイナスの作業に徹底した。
課題は“集中”と“リラックス”
役作りなんかしてない。

台本に描かれている人物の行動と台詞。
それが自分からなんの摩擦もなく出る最高の状態と状況を探り続けるだけの作業。

自分の言いやすい台詞の言い方、発声の仕方、立ち方、振り向き方、常に出てくる“自分”の“演じ方”をひとつひとつ剥ぎ取っていったときに、じゃあ“自分”からは何が出てくるか。
それをワンカットワンカット、“自然体な自分じゃない自分”を探り続けている。

今まで撮り終わったシーン

だいたい2勝10敗だ。

明日は感情的なシーンだ。
どんどん自分の演じ方が出てくる。

明日の勝負は過酷なものになるだろう。

でも明日は死んでも勝ち越してやる。

いや、勝ち越して死んでやる。


そしたらきっと、また新たな見たこともない芝居の世界が見えてくることを期待して。


では行ってきます。