夢から醒めて
今晩は。
高橋宙無です。
今宵で私のブログも最後の晩となりました。
最後なので普通なら綺麗に納めたいとこなのでしょうが、私は綺麗事は好かないので沸々と煮えたぎる想いを綴りたいと思います。
長ったらしい文章が嫌いじゃない方は、どうぞ最期の晩餐にお付き合い下さい。
さて。
CFAprojectの“役者の力だけで観客を魅了する映画”に挑戦し続け、はや6作品目。
これまで作品を紡いでこれたのは、何よりいつも観てくださる方々や、周りで支えてくださる多くの方のお陰様です。
感謝感謝です。
しかし一歩外に耳を傾けると、その中に居ては聞こえてこないようないろんな声が聞こえてくる。
『役者の力だけで映画を作るなんて無理だ』
『売れない役者たちが映画のごっこ遊びをしているように感じる』
『内輪で評価して賞を与えるなんて自己満に浸ってるだけじゃないの』
俺は“井の中の蛙”という言葉がヘドが出るほど嫌いだ。
だからこそぶちギレそうになるそんな言葉たちを必死で受け止める。
そして、それに対して打ち返せるだけの弾丸を今の俺に持ち合わせてないことも事実だ。
結局は結果が全て
“売れてるか売れてないか”
だけのことになってしまう。
21歳でブリヂストンを辞め、役者を志した。
“俺は周りの奴らとは生まれた星が違う”
と本気で思い込み、意気揚々と役者の世界に飛び込んだ。
そこからいろんな人と出逢い、ただただガムシャラに、時には泣きながら、時にはカマ掘られそうになりながら“夢”を追いかけていた。
そして初めて舞台に立ち、初めてテレビに出演し、片手ほどの経歴を持った。
有名な役者の芝居を目の前で感じ、自分の芝居を全身でぶつける。
俺は日本の役者の、いや、芸能人の仲間入りをした気になっていた。
俺はあと2ヶ月すれば27歳になる。
役者を始めて6年が経つ。
たった6年。
しかし、俺はまだ芸能界の仲間入りどころか、芸能界のスタートラインにも立っていないことに気づかされた。
若かりし頃は、俺は芸能人じゃなくて役者を目指してるんだなんて理想を語っていたが、やはり日本では“有名な役者”=“芸能人”なのだ。
“井の中の蛙”になりたくない。
“夢”はとても純粋で、無邪気にでっかくて、無謀に野望的で、最高に素敵なものだ。
しかし“夢”が“仕事”に変わり常にお金が関わると、夢はどんどん萎んだ風船のようになり、同時に妥協と言い訳が膨らんでいく。
芝居を知れば知るほど、気づかぬうちに人の批判も上手くなっている。
テレビに出てる役者を見ては
『面白くねぇ芝居だなぁ』
と売れない自分を慰めている。
もうすぐ仕事がなくなって一年になる。
どんどん表に立つ輝きが薄れていくのが、手に滲む汗のように感じる。
我慢も大事だと人は言うが、俺は我慢なんてしたくない。
欲しいものは欲しい。
死んでも欲しい“夢”なら、誰かに与えられるのを待つんじゃなく死にもの狂いで捕りにいく。
『26歳で本気で役者やってないなら、他の仕事探した方がいいよ』
きっと必死で海の荒波を漕いでる人には、港で必死に蛙飛びしてる奴なんか本気に見えないのだろう。
でっかく膨らんだ風船が破裂した。
そして“夢”から醒めた。
耳の痛い言葉を耳全開で受け入れたぜコノヤロー。
中耳炎だけどな。
俺はもう、爆発寸前だ。
地面を割れんばかりに踏みつけて歩いている。
ぜってー見返してやる。
雄叫びを撒き散らしながら歩いている。
ぜってー大海を航り切ってやる
ところで
『海はどっちだ!?』
最後まで長々とお付き合いありがとうございました。
そしていつもブログを見て下さっている方々、本当に有り難う御座います。
必死で夢を追いかけている人たちを、どうか支えてあげてください。
“応援”が何にも変えがたい情熱の炎にくべる薪となります。
そして
必ず芝居で返します。
高橋宙無
高橋宙無です。
今宵で私のブログも最後の晩となりました。
最後なので普通なら綺麗に納めたいとこなのでしょうが、私は綺麗事は好かないので沸々と煮えたぎる想いを綴りたいと思います。
長ったらしい文章が嫌いじゃない方は、どうぞ最期の晩餐にお付き合い下さい。
さて。
CFAprojectの“役者の力だけで観客を魅了する映画”に挑戦し続け、はや6作品目。
これまで作品を紡いでこれたのは、何よりいつも観てくださる方々や、周りで支えてくださる多くの方のお陰様です。
感謝感謝です。
しかし一歩外に耳を傾けると、その中に居ては聞こえてこないようないろんな声が聞こえてくる。
『役者の力だけで映画を作るなんて無理だ』
『売れない役者たちが映画のごっこ遊びをしているように感じる』
『内輪で評価して賞を与えるなんて自己満に浸ってるだけじゃないの』
俺は“井の中の蛙”という言葉がヘドが出るほど嫌いだ。
だからこそぶちギレそうになるそんな言葉たちを必死で受け止める。
そして、それに対して打ち返せるだけの弾丸を今の俺に持ち合わせてないことも事実だ。
結局は結果が全て
“売れてるか売れてないか”
だけのことになってしまう。
21歳でブリヂストンを辞め、役者を志した。
“俺は周りの奴らとは生まれた星が違う”
と本気で思い込み、意気揚々と役者の世界に飛び込んだ。
そこからいろんな人と出逢い、ただただガムシャラに、時には泣きながら、時にはカマ掘られそうになりながら“夢”を追いかけていた。
そして初めて舞台に立ち、初めてテレビに出演し、片手ほどの経歴を持った。
有名な役者の芝居を目の前で感じ、自分の芝居を全身でぶつける。
俺は日本の役者の、いや、芸能人の仲間入りをした気になっていた。
俺はあと2ヶ月すれば27歳になる。
役者を始めて6年が経つ。
たった6年。
しかし、俺はまだ芸能界の仲間入りどころか、芸能界のスタートラインにも立っていないことに気づかされた。
若かりし頃は、俺は芸能人じゃなくて役者を目指してるんだなんて理想を語っていたが、やはり日本では“有名な役者”=“芸能人”なのだ。
“井の中の蛙”になりたくない。
“夢”はとても純粋で、無邪気にでっかくて、無謀に野望的で、最高に素敵なものだ。
しかし“夢”が“仕事”に変わり常にお金が関わると、夢はどんどん萎んだ風船のようになり、同時に妥協と言い訳が膨らんでいく。
芝居を知れば知るほど、気づかぬうちに人の批判も上手くなっている。
テレビに出てる役者を見ては
『面白くねぇ芝居だなぁ』
と売れない自分を慰めている。
もうすぐ仕事がなくなって一年になる。
どんどん表に立つ輝きが薄れていくのが、手に滲む汗のように感じる。
我慢も大事だと人は言うが、俺は我慢なんてしたくない。
欲しいものは欲しい。
死んでも欲しい“夢”なら、誰かに与えられるのを待つんじゃなく死にもの狂いで捕りにいく。
『26歳で本気で役者やってないなら、他の仕事探した方がいいよ』
きっと必死で海の荒波を漕いでる人には、港で必死に蛙飛びしてる奴なんか本気に見えないのだろう。
でっかく膨らんだ風船が破裂した。
そして“夢”から醒めた。
耳の痛い言葉を耳全開で受け入れたぜコノヤロー。
中耳炎だけどな。
俺はもう、爆発寸前だ。
地面を割れんばかりに踏みつけて歩いている。
ぜってー見返してやる。
雄叫びを撒き散らしながら歩いている。
ぜってー大海を航り切ってやる
ところで
『海はどっちだ!?』
最後まで長々とお付き合いありがとうございました。
そしていつもブログを見て下さっている方々、本当に有り難う御座います。
必死で夢を追いかけている人たちを、どうか支えてあげてください。
“応援”が何にも変えがたい情熱の炎にくべる薪となります。
そして
必ず芝居で返します。
高橋宙無