父とのデート、腹が立つ。。。
私が子供の頃。
タイトル忘れたけど、なんか戦後の日本を描いた作品を、父と二人で映画館まで観にいった。
観終わった後に、すごく意地悪で嫌な女優さんが脇役で居て、主役の女優がすごくかわいそうだった。と父に憤慨しながら感想を述べると、父はその脇役の女優さんはそれだけ芝居が巧いってことなんやで。と私に言い聞かせた。私は、あの意地悪な嫌な女はウソモノなんか・・と思ったら余計に腹が立った。。
2週間ぶりです。いつもブログ読んでくださってありがとうございます。
河野ひとみです。
えぇ。突然ですが、
「何とか立ち直ってますが、、あそこまでできちゃう自分が嫌にならないの?」
先日同じ事務所の先輩からこのようなメールが届きました。
先週のトレーニング・バッコンでは、
この先輩演じる本橋という女性のココロをバッキバキにするという、とてもえげつない即興をやらせていただいたのです。
その後に届いたのがさっきのメールです。
このバッコンでは女特有の厭らしさだとか、人間の最低な部分を彼女にブツケまくって嘲笑っったり、かなりヒトとしては最低なものを出してみました。自分の中にあるあらゆる最低の部分を、手を変え品を変え投げつけてみました。
結果、受け手の女優はバッキバキに粉砕されました。
もちろん私だけのボールではなく、他の俳優たちもかなりのボールを乱投しての結果です。
バッコンが終わった直後はいつも「もっとこうすればよかったなぁ」とか「あそこでどうすればよかったのか・・」とか、いつも試行錯誤グルグルの状態。
帰りの電車の中ではひとり反省会。
今日もだな。。と思っていたその時にヒトコト
「そういうときの明石(私)ってホント愉しそうだよなぁ。。」との言葉。
どうやら、私はヒトの厭らしさや、無情なバカっぽいものを表現するときに少し光るらしい・・・のです。
今まで気づきませんでした。。。いや、正確にいうとあえて気づきませんでした。
ヒトには必ず厭らしさや、無情さって持っているものだし、女性なら特に皆そういう一面を常に携帯しているだろうと思っていたからです。(特視するものではないと思ってた)
だけど、客観的に意見を聞かせていただくと、私はこの手の表現になると他人よりも少し光るらしい・・・
コレ。。
私は役者という表現者を目指して、数年間あるモノをずっと探してきた。。。
バッコン(即興)でも、リハーサル(自己演出)でも、いつも人間でなくモンスターのようにしか演じられない自分。
すごく悔しいし、腹立つし、自信失くすし、焦るし、、結局、芝居は"ごっご"なのだと思うことも甚だしいくらい、何も生み出せない自分とその原因の芝居にストレスしか感じられなかった。
結構、自虐的な自分にびっくりさせられるコトもしばしば、、、リアルモンスターになりかけてた(笑)
だから、ホントに大切にしたいと思った。
コレをもっと自分に沁み込ませて、何もしなくてもジワジワッ~と染み出てくるようになるくらいに。
ホントにホントに少しでも光っていたのであれば、それは絶対手放さない。
だって、それは無名の私には最大の味方になるかもしれないから。
だって、それを無名の私の戦う術にになるかもしれないから。
どんなに最低でも厭らしくても器がちっせぃとか思っても、それを武器にできたらそれはそれで最高じゃね?
「あそこまでできちゃう自分が嫌にならないの?」
ソレができたなら最高だと思います。
私は単細胞。コレと思ったら猪突猛進タイプ。
マネージャーには「ソレはソレ、今のスタンダードをまず見なさい」と早速ご意見頂戴してしまいましたが、
目の前にはほんの少しの光。
あの時感じた嫌いな脇役の女優さんに、今は光を感じるのは私の過大評価に過ぎないのだろうか(笑)
田島まこと役 河野ひとみ
