ようこそのお運びで。

命日の鬱に加え、コロナ後の鬱が治りません。さらに5年掛けた仕事が片付き、燃え尽き症候群。

足もとはふらつき心身ともに絶不調。暫くブログのペースを落とします。

 

◎京都・平野神社の椿・菜の花(3月下旬)

 

 

「あやなくも 隔てけるかな 夜を重ね さすがに馴れし 夜の衣を」(源氏物語・葵)六条御息所をめぐる歌⑨

 

左大臣邸で葵の上の四十九日の喪に籠もった後、源氏は二条院へ帰る。そこには大人びて美しくなり、「ただかの心尽くしきこゆる人(=藤壺)に違うところもなりゆく」紫の上がいた。源氏は紫の上と契り、後朝の文を贈る。

 

男君はとく起きたまひて、女君はさらに起きたまはぬ朝あり。人々「いかなればかくおはしますならむ。御心地の例ならず思さるるにや」と見たてまつり嘆くに、君は渡りたまふとて、御硯の箱を、御帳のうちにさし入れておはしにけり。人間にからうじて頭もたげたまへるに、ひき結びたる文御枕のもとにあり。何心もなくひき開けて見たまへば、

 あやなくも 隔てけるかな 夜を重ね さすがに馴れし 夜の衣を

と書きすさびたまへるやうなり。

・・・男君(=源氏)は早く起きなさって、女君(=紫の上)は全く起きなさらない朝があった。女房たちは、「どうしてこのようでいらっしゃるのでしょうか。お加減がいつもと違って思われているのでしょうか」と拝見して嘆くのに、源氏の君はご自分の部屋に帰りなさるというので、御硯箱を、御帳のうちに差し入れてお出になった。人がいなくなった時にかろうじて頭を持ち上げたところ、引き結んだ手紙が御枕の元にあった。無心に引き上げてご覧になると、

 あやなくも 隔てけるかな 夜を重ね さすがに馴れし 夜の衣を

と興に任せて書いていらっしゃるようである。・・・

 

源氏は紫の上が返歌できるように硯の箱を差し入れて、御帳を後にした。紫の上の枕元には後朝の文が置かれていた。

 

源氏物語六百仙

 

◎源氏の和歌を抜き出す。

☆あやなくも 隔てけるかな 夜を重ね さすがに馴れし 夜の衣を

・・・訳もなく契りを結ばずにいたことです。幾夜もあなたと夜の衣を、布が萎えるほど共にしてきたというのに。・・・

①「あやなくも」・・・「あやなし」は「道理がたたない。訳が分からない」意。

『後撰集』

「979 駒にこそ まかせたりけれ あやなくも 心のくると 思ひけるかな」

『古今和歌六帖』

「4241 うつろはぬ まつのなたてに あやなくも やどなるふぢの さきてちるかな」

②「衣を」「隔つ」・・・契りを結ばないことを示す。

『中務集』

「192 ころもだに へだてしよひは うらみしに すだれのうちの こゑぞ かなしき」

 

同じ衣を掛けて共寝はしてきたが、初めて夫婦の契りを結んだという後朝の文。

紫の上に惹かれる源氏は、他の女性のもとに通うことも怠る。六条御息所に対しては

「かの御息所はいといとほしけれど、まことのよるべと頼みきこえむには必ず心おかれぬべし、年ごろのやうにて見過ぐしたまはば、さるべきをりふしに、もの聞こえあはする人にてはあらむなど、さすがに事の外には思し放たず。」

・・・あの御息所はたいそうお気の毒だが、正妻としてお頼み申し上げるには、必ず気兼ねする必要があろう、これまでのような愛人という形でご容赦くださるなら、しかるべき折節にお便りし合う相手になって頂けるだろうなどと、物の怪の一件があったが、さすがに、それきりで見限ることはなかった。・・・

という態度で接していた。