母が小脳出血で倒れて、ちょうど二年です。家で看るのは、私一人では無理だと言われて、去年の夏に病院から施設に移りました。
介護度5で、寝たきりです。
小脳出血で倒れる前に10年間は、脳梗塞で右半身麻痺の介護度3で車椅子の生活を在宅で看てました。
週三回のデイケアサービスやヘルパーさんの助けを借りて、大変でしたが、食材を柔らかくしたり、汁物など普通に食事もして、暮らしていました。
朝起きると、動く左半身の体操をベットの上で毎朝していたのが、今でも思い出されます。
器用に左手で歯磨きや洗面など、顔や髪を綺麗にして、几帳面な母でした。
母の人生は、小説にしたらよいくらいのおしん並みの様々な辛い体験をしてます。
70歳まで、男でも大変な仕事を続け、現役を退いた途端、両足の膝の手術をして、ようやく痛みがなくて歩けて喜んでいて、これからは楽にゆっくりとした人生が送れると思った矢先に、脳梗塞、小脳小脳と辛い日々を過ごすことになりました。
神様どうして、母はこんなに辛い人生を歩んでいかなければならないのでしょうか?
母が可哀想です。
どうしてですか?
何度も何度もそう思いました。
ずいぶん私も悩んできました。
でも最近、最近生かされてるという言葉を耳にするようになり、少し気持ちが変わりました。
母もここまで大変な状況でも生かされてる。
口からは水も取れない。話せない。
栄養や薬はイロウで補われています。
オムツと管で、本当に寝たきりです。
ただ私のことは解るし、言ってることも解ってるようです。
言葉はあーとかうーとしか、発することが出来ません。
痛い、痒い、暑い、寒い、冷たいなど言えません。
家では、これらをよく言ってた言葉。
小脳出血の手術の前、先生から、たとえ命が助かっても、植物状態か良くても、今のような状況になると説明を受けました。
たった一人で、この手術の選択を決めなければならなかった時、生きててくれさえいれば、それでよいと私は思い手術をお願いしました。
でも現実、こうして母をみていると、母の気持ちはどうなのだろうかと、幾度もなく悩みました。
あの時、手術なんてしてくれなくても、よかったのにと、母が思ってるのではないかなと考えたりしました。
本当にこの二年悩みに悩みました。
でも最近、私も母も今、生かされてるんだと思うようになりました。
私はどんな状況でも、母に生きてて欲しい。
母も私が生きてて欲しいとわかっているなら、頑張ろうと思ってくれてるんだと思うようにしています。
人はこの世に生まれて、人生を終えるまで、意味があるんだな~と感じます。
生かされてることの意味や生かされてることに感謝しないと…。
最近思います。