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Research & Proposals From CF-Station

「おもてなしの心を経営に。」

この理念の先には、きっと『ありがとう』の言葉が溢れている。

「ロイヤルカスタマー」を績み出す Value Conceptor

私たちは、リレーションシップマーケティングに基づくソリューションを提案します。

富山「焼肉店」で起こった生肉による食中毒事故。


焼肉を食べに行ってまさか、死に至ることなんて誰が

想像しただろうか。


ショッキングなニュースとしてあっという間に日本中に

知れ渡っていく。


焼肉が一皿100円。とか、ユッケが500円以下で食べられる。


昔なら考えられなかったことが、なぜ今食べることが出来るのか。


多くの人は、おそらく、企業努力によって実現したのだろうって

漠然と考えていた人が多数いたように思える。



顧客が今何を求めているのか?



マーケティングとは、顧客ニーズをつかむこと。

これが原点である。


安かろう悪かろうでは売れない時代。


「安くておいしい」が売れるキーワード。



価格が顧客に与えるインパクトは何よりも大きい。

だが、価格訴求に走りすぎた結果、本来、顧客が当たり前と思っていた

製品そのものの品質のボーダーラインを超えてしまった。



品質とは、「顧客ニーズに始まり、顧客満足に終わるもの」

私は、そう理解している。



残念ながら、今回の事故は

「顧客ニーズに始まり、一か八かの顧客満足に終わるもの」だったのかも

しれない。



ビジネスの目的は、満足した顧客、利益に繋がる顧客を創出し、維持すること。



価格訴求に特化したマーケティングは顧客の創出には

効果があったかもしれない。


現に事件があった焼肉店は急成長し店舗数も倍増させている。


しかしそれは一過性のものだったことも事実。


維持することがいかに大変なことか。


マーケティングとはそこまで考えてこその戦略である。


先日のTVで飯館村の避難所に東京電力の関係者が

謝罪に訪れた際のやりとりが放映されていた。


『どうしてくれるんや?』

『早く家に帰りたい。』

『学校の友達もバラバラになってしまった。』

『田んぼを耕すことも出来ない』

『生活の糧を失ってしまった』


悲痛な叫び。時には怒号が飛び交う避難所。


東京電力の関係者はうつむくばかり。



「なんとかしてくれ。」という村民の想い。

「なんとかしたいけど・・・。」という東京電力の想い。



待て待て。

その場には国や県など、関係者は同席していたんだろうか?

映像上ではちょっとわからない。



東京電力は、原発事故の当事者であることは事実である。

なおかつ、「伝える力」があまりに乏しかったため、情報が

正確に伝わらず、不信感をもたれてしまったところがある。


また、その後の対応にも後手にまわった印象が強く、

余計に東京電力に対する不信感が増している。



しかしどうだろうか。

東京電力も実は被災した企業であるのも事実である。


安全基準に満たない設備でもって被災していたら

それは全面的に東京電力の過失である。


ところが国が定めた安全基準(法律)を満たしているにも

関わらず今回の被害にあっていたとすれば、道義的責任や

自体を収束させる責任は東京電力に当然あることにかわりは

ないが、国の責任が大きく関与するところではないだろうか。



福島県知事が先日、東京電力の謝罪訪問に応じた映像が

あった。

福島県も被災した当事者。

県民を代表して、東京電力に対して強い憤りと早期の自体収束を

要請していたが、福島県も原発を受け入れた当事者でもある。

その時に下した判断基準はなんだったのか。



国は増え続ける電力需要に答えるべく、安定供給にむけて原子力

政策を進めたのなら、また総合的な地域経済を考えて、

県が原発の受入を容認してきたのなら、

堂々と矢面にたって、影響が出ている地域の人々に対する支援を

積極的に行ってほしい。



言ったこと、やってきたことに責任を持つということ。


それもスピード感をもって取り組むこと。


困っている人が目の前にいるんだから。


「責任ある行動」、TVを通じてしっかりと注視したい。



高速道路無料化および休日1000円の6月廃止決定。



休日上限1000円の制度は、今まで訪れたことのなかった

場所へ足をのばす絶好の機会となった。


香川県高松市。

本州と四国をつなぐ橋のひとつ「瀬戸大橋」を利用しての

さぬきうどんめぐりは一大観光スポットとなり、

あまり目にすることのなかった遠方の他府県ナンバーが

一般道を走っていた。


「出かける=車」

そんな2年だったのかもしれない。


その間に地域で何が起こったのか?


高速バスは利用率の低下に加え、渋滞に伴う運行スケジュールの

練り直しを迫られる。


本州と四国を結んでいたフェリー関係はことごとく車という移動手段に

お客を奪われた。


「交通」に従事する企業は早急な経営改善を求められた。


売上げが激減すれば、当然、コストを削減するしかない。

路線の見直し。ひいては乗車率が低い、採算が取れないところから

手を加える。

民間企業であれば当たり前の話。


その結果、残ったのは、車に頼らざるを得ない交通体系だった。


路線バスは激減し、フェリー航路は減便もしくは廃止に

追い込まれた。


潮風に感じながら、海上でのひと時を楽しむ時間。

バスにゆられながら、奥地へと進む情景。

旅を楽しむ情緒。

単なる交通手段でなく、そんな側面を持っていたものも

減ってしまったのかもしれない。



ここにきて高速道路無料化・上限1000円の廃止。


短期の甘い蜜は、長期的には利便性や多様性を

奪ってしまったかもしれない。



財源が今必要な時。それはよくわかる。


しかし、地域振興・東京一極集中からの回帰など

国のカタチを考えていく一つの方法として重要な政策では

なかったのだろうか。



財源確保で「高速道路無料化の財源」が早々と当てにされ

そして、スピード廃止が決定。



政策を立案してきた人々には、高速道路無料化や休日

1000円などは、「おまけ」で、呼び水としての位置づけでしか

なかったように映る。



地方が疲弊していくと、経済活動が冷え込む。

元気なまちが元気であり続けることで

復興の足がかりになる。



だからこそ、地方のチカラを見せつける時。

国どうこうでなく、自分たちの商売繁盛を追求していく。


それが、「今、わたしたちが出来ること」である。