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O Planeta de Milagre

~ウ・プラネッタ・ジ・ミラーグリ~
現実もスピリチュアルも表裏一体(^_-)
yukkoのブログです。
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人間関係となると、良い関係を築いていると思っていても、どこかしらから綻びが生まれてまるで、糸が絡まってしまうかのように、そこここに、いつの間にかシコリのようなものができてしまう事がある。



相手からであったり、自分からであったり、自分の発したものが巡り巡ってそうさせてしまっているのかも知れないし。




新しい職場に入って半年以上経ち、今、正しくそんな時かも知れない。



最初の緊張感も緩み、その時その時で気を遣っているつもりでも、知らぬ内にやらかしてしまっているかも。

後から相手へ向けたものではないにしても、あんな軽率な発言は無用だったな、、と自覚して思うこともある。



ある日、上司の人たちのよそよそしさから何かしら悪い噂をされたのだな、とかそういうことは敏感に感じられるものだ。



だからこそ、人間関係に期待しすぎないとか、境界線は超えないように注意を払うとか、親しき仲にも礼儀あり(親しいと言っても職場の人だから)とか、お友だちではないし、お友だちに対してもそれは必要なのだけれど、相手への気遣いは欠かせないなと反省する。



それで、まあ、春分明けた今日。


最近感じていた他者からのネガティブなものとか、私なりの不満とか、前々から薄々感じていた他の人も抱いている不満などを聞くということとなった。



決して思うままにみんな悪口大会をした訳ではない。



私も最近、悔しかったり、不快感を持つことがあった。けれど、そう捉えなくても済む気もしたり、けれどやっぱり嫌な気分だ…と思ったりもして。



惨め、悲しい、、そんな気持ちを感じた時、

それは感情としてはすごくあるけれど、


ふと、こういう嫌な気分を感じる時ってこれを明転出来るんだよな〜


と何だかドMでニヒルな気持ちが湧いてきて、これを思い出すだけですごく楽になる。



悲しい、苦しい、辛い。


そういう時はホントーーにその気持ちから抜け出すのが大変だし、

ずっと囚われてしまったり手放せなかったりもするけど、


これが、魂的には課題であって、この感情を諦めるとか、抑えるではなく、

そこから明転する瞬間というのがあって、



それは、堂々巡りで苦しみぬく時ではなく、

やっぱり、どうしてそう感じるのか?と自分に問い続けて繰り返すと、この感情を選ばなくてもいい感覚をフッと得られる瞬間がある。


そこから抜け出すと、次に同じようなパターンに入っても抜け出しやすいし、何なら酷い苦しみパターンはもうやってこなかったりする。

だから、また味わっているということは、まだパターンクリアしていない時なのかな?!



抜け出す感覚を得た時はポイントゲットした!と思って苦しみは明転出来るということを思い出して快感を感じてみるといい。




私はずっーと人から、、しかも一時は全信頼と親しみを置くくらい大好きだった友だちから軽んじられて惨めになり傷付き絶望するというパターンがあったのだけど、そこに向き合い、そこから抜け出す思考ロジックを自分で積み上げたら、寧ろ自分は被害者でも何でもなく、自分自身も期待しすぎていただけだということが分かり、相手の意図を汲まない選択、私が好きで受け取って被害者ぶっていたと知り、ただそうしたいんだね、と平然と思い、相手の意図的な行為に動じなくなれました。



やはり、人間なので、感情があり、悲しさや惨めさも感じることもあるけど、そういう時も感情の選択の余地があることを思い出すこと、感じても向き合えば明転することがあること、ポイントゲット出来ることをチラッとでも思い出して実行出来るといい。