しばらくスピリチュアルな感覚からは遠ざかっていました。
スピリチュアル=視えない世界を妄信するではなく、
自分を見つめるという価値観です。
昨日、細かいことで、夫の意見を得よう、とふと思った自分に対し、
「私は人に何でも決定してもらおうとしているのだ。」ということにハッとして、
些細なことからでも自分で決める努力をしようと誓ったのでした。
自分のことならともかく、多くの人の取り纏めとなると、
好きではないし、私はこう思うけど、相手はどう思うのだろう?
私はこうだけど、相手はこう思いそうだ。
こういう考え・やり方もある。
人の考えなんて実際のところ分かるわけはないので、
自分の思うところの落としどころを決めなければいけないのに、
Aと決めれば私の脳が考え得る選択肢の中からBといい・・
一体全体どうすればいいのか分からなくなりがちです。
こんな感じで些末なことで右往左往しやすいため、好きではない。
けれども、みんなの意見が分からないのでどうすればいいのか分からない、
という時、思考停止ではなく、少なからず脳みそ動かそうよ、という話なのですよね。
実は、こういうことが早速あって、早速人に意見を仰いだ反省文です。
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また、私はヤングリビングの精油に出会って、今の先生の講座に出会って救われて、
自分を取り戻したという経緯があり、
最初は、自分でもサロンを持って人に提供したい!という淡い未来を描きました。
次男の幼稚園時代は毎日バタバタしていることが多かったので、
色々描いて本で学ぼうとして本を購入などはしましたが、及ばず。
そうこうする内に熱が冷めたものもありますが、
気持ちで残っているものも朧気にあります。
最初は、次男が小学生になったら自宅で友だちに受けてもらって練習してから!
と思ってそこそこいいマッサージベッドを購入したら、、
テレワークが増えほぼほぼ夫が自宅にいます。。
一度だけ友だちに出来たのみ。
ここで本気を出すならば、サロンを借りてとなるのでしょうが、ここで止まっています。
それに、夫にこういうことしたいな~と、サロンのことを話したら、
真っ向から否定されたんです。
それで、気持ちが萎えてしまって…
けれど、それって自分でも人の意見に同調して、
応援してもらえないなら辞めよう。
って諦めた、勝手にやっぱり非現実的で、夫の収入がなければ手を出せないし、
私には出来ないと決め付けたんだと3日位前に洗面所で何かをしている時に気付きました。
それから、その時、自分の人生でこれをしたい、ということがあるのに、
影響力の大きい夫の発言とは言え、
それに同調する必要なんてあったのか?と思ったのです。
やってみて違ったと思うとか、
私の気持ちの中で熱が冷めてフェードアウトしたなら分かるけれど、
従う必要なんてない!!
ただし、自分の責任においてやらなければならないので、ここから逃げていたのですよね。
本気ならやっている。
それだけでした。
そして、今日は自分の創造性に目覚めるとか、自分が何を知りたいか知るという記事に連続で行き当たります。
そういう流れのようです。