会議中に久しぶりに父親の携帯で電話が掛かってきたから何事かと身構えたら「大雨は大丈夫か」と。

建物の中にいたから全然知らなくて、X界隈では氾濫した川の映像が。また東海豪雨の時みたいになるんかいな。うちは坂の途中だからあんまり気にしてないけど。職場におれば大丈夫。ひたすら携帯の警報音が鳴りまくる。

母の携帯からちょくちょく着信があって、以前は父親が借りて電話かけてくることがあった。父も自分の携帯を持っているが、頻繁に電池切れになっているので、やむなく充電しっぱなしの母の携帯を借りてかけてくる。黒い電話の方でかけてくることはほぼなくなった。なので位置情報を使おうにも使えない。それなりに認知症が進んでいることが窺える。最近は電話に出ると母親の声でびっくりすることが多い。それなのに「言うこと忘れちゃった」と誤魔化されることが増えてきた。きっと何かあったんだろうと思うが、直前のことを忘れがちになって、こちらも相当進んできている。以前のように感情的になることも減ってきた。

まあ私生活は色々あるけど、介護の方で。1ヶ月に一回の通院の当番で実家に戻ってきた。最近帰れてなくて姉に任せっきりなので、帰ったら色々やることこなさないといけないので時間が限られる。とやることリスト作っていろいろ考えていたら、その前日に「救急車呼びました」と連絡が。

 近所の人がインターフォンを鳴らしてくれたので、遠隔で通知が入り、母親のデイサービスの送り迎えのタイミングでないこの時間に何だ、とモニターに出たら慌ただしく数人が玄関前で動いてる。その1時間前に、数ヶ月振りに買い物の出立で玄関先にいる父親が記録に残っていたので、なんとなく察して、電話をなんとか繋いで詳細を聞くと、行き倒れていたところを、近所の人とたまたま通りかかった車の人で助けてくれたらしく、救急車に引き継ぐところだった。そのまま仕事を早退して高速で追い越し車線で圧力をかけながら1時間で病院に到着。冷却マットの上に裸でタオルをかけられて、冷たい輸液を入れられている父。普通にしゃべれてはいるが顔が赤い。手の指の付け根に傷もある。寒い寒いと言っているが、15分ほど我慢させて、そして検査値も異常なしで帰宅。なんでいつも行かない買い物に、35度超えるこの日に行くんだ、と叱るわけにも行かないし、単にいつも飲んでるジュースを買いに行っただけみたいで、がっかり。おまけに母の訪問看護師の人には「自分で救急車を呼びました」とか報告してて、呆れる。

 と言う前の日のことがあったので往復2回行って戻ることになった。草取りして、玄関モニターの充電して、尿検査の尿を取ろうと思ったら、母はすでに出しちゃったあと、薬の残量は、父はほぼ1週間に1回しか飲んでいないことを確認し、母の血圧記録、お薬手帳、保険証(7/31までの資格確認書)、診察券を確認してから出発。

 母は居宅介護が功を奏して特になし、父も再度の血液検査でも特に異常は見られなかったけど、前の日の熱中症寸前のことを報告し、お薬も、夏用に減らして様子見となった。血圧をモニターする必要があるが、前までは1日3回くらい血圧測って記録してたのに、1年前くらいから言ってもやらなくなり、3ヶ月前からは薬も飲まなくなった。早く要介護向けのサービスを始めたいところだが果たして…

 

 父が母の世話をする老老介護もだんだん普段の生活に支障が出てきてて、この3ヶ月ずいぶん進んできてるように感じる。重要な判断ができなくなっているようで、父が夜中に救急車を呼び、事後に電話で呼び出されてびっくりして市民病院に飛んでいき、異常なしの診察がすでに済んでいる母と一緒に明け方に連れ帰るなどした。

 介護認定の調査についてはTwitterにもかなり色々なパターンが書かれていて、本人インタビューではよくもまあ抜け抜けと嘘をつくもんだ、という感想を持つご家族も多いみたいで、うちはさあどうなることやら。しかし薬は飲んでもらわないと困るし、電話しても5秒後には飲むの忘れるのは、果たして本人の意図なのかどうなのか。

 父の様子から見るに食事の準備も段々しんどくなってきたのか、飽きたのか、サボりがちに見えるし、本人も訪問看護師さんに「面倒だけど仕方なくやってる」とは言うが、それを五十年間続けてきた母はそれを聞いてどう思うんだろう笑

 今朝の食卓のビデオを再生してみると「私が元気なうちは世話しないといけないね」「元気でいようね」なんて会話してるから身内としては複雑な気持ちにならざるを得ない。

Avis de Mistral、2014年。確か「キリマンジャロの雪」でもマルセイユの風が印象的だった記憶があるが、ミストラルが吹き抜けるように親子3代のわだかまりが溶けてゆく。何とカマルグの野生馬まで登場して、これまた「白い馬」を彷彿とさせる。また何と何とジャン・レノがおじいさんで出てくるのだ、カーアクション付きで笑。最後の長いこと娘と話すシーンが印象的。

父ちゃんいろいろ気がつくのはいいんだけど、朝の頻繁に使うトイレの電気をいちいち消すんだよな。母ちゃんがスイッチに手が届かないから付けてるんだよ、母ちゃんトイレ入る時には電気つけてあげてよ、LEDにするといいよね」って記憶に残るようにテクノロジーの話を織り交ぜて話した直後にまた「電気ついてたから消しといたよ」って消すんだわ。そんなに気がつく人なら茶碗洗って、掃除して、洗濯しろよ。風呂にも入れ、薬も毎日飲め。まず自分のことをしろ。こういう細かいストレスが介護について回る。帰宅する日に寝室のエアコンつけておいてくれてるのは一見泣ける話のように思えるけど、暑がりだからつけて欲しくないんだよね、オフにすると夜中でも轟音立てて掃除始めるエアコンだし、母親に毛布かけられて跳ね除ける経験のある男子ならわかるだろう。

 月曜早朝1時過ぎに電話があり、父から「母ちゃんが立てない」ということで、ITに強い実家の遠隔モニターを観察すると確かに見当たらない。死角に隠れているようだ。そういえば少し前の介護講習で参加者からの質問で、畳の部屋に慣れてる年寄りが、最近畳から立ち上がれなくなって、どうしたらいいというQ&Aで、お尻の下に座布団を1枚ずつ重ねながら腰の位置を上げてくといい、みたいな話をするので、遠隔でとりあえず説明してやってみてもらったけどダメだった。母は自力で腹這いでモニターに映り出したけど、畳にうつ伏せになって、お尻はオムツだけだ。トイレ途中?眠いしイライラする父が母の手を引っ張り出したので、また腰椎骨折になると困るので「今から行くわ、毛布でもかけといて」

 ハイキング後の筋肉痛の体で高速飛ばして45分!新記録!で着いて、母を起こそうとするけど意外と大変。骨折しないように何とか座らせると「トイレに行きたい」と。そりゃトイレ行く途中で転んだんならそれから1時間よう耐えたな(耐えてない)。反対側の縁側に行こうとする母をなだめてトイレ方向をセットして手を取ってトイレへ。すでに何かしたあとで、さらに便座もお尻も膝も汚れてしまった。トイレ床もいくつかすでにシミになってる。

 トホホ思いながらオムツ変えて拭いて新しいの履かせて、手を洗わせて(石鹸が遠くて母の手に届かない!)、ベッドに寝させたあとトイレを拭き上げここで4時。7時に起きて欠勤決定、何回もオムツ交換、皮膚にこびりついていた乾いた便を拭き取って行き、父には洗濯を要請(合計3回要請、命令しても後でいいからってやらないから困る)、夕方に姉にバトンタッチ、それから出勤して翌日の資料を大慌てで作成、火曜日は散々、夜から泊まり込みで交換、朝交換後朝食を取ると30分後にまたやっちゃってギブアップ。キレる💢。介護でキレるのわかるわー

 ようやく週末に下痢も落ち着いてきたけど色々まだあって、父は俺がいる間は一切構わない。それも気に入らない。父の行動はおかしくて、俺のものを洗濯して乾燥終わって臨時の買い出しに行った30分後に洗濯機がまた動いてる?前回は洗濯終わったものを床に打ち捨てて自分のものを洗濯してたけど、今度は何だ?と聞いたら「中に入ってたから洗濯しといた」だと。何ー!また、ご飯を炊いたらベチャベチャで、あれ?俺水加減間違えたかな?おかしいなと思ったら、父が夜中につけておいた炊飯器を開けて、水が少ないので足しておいたという。そりゃ吸水すれば減りますよ!ともう10年以上炊飯係なのに何やってんの?というエピソードが満載。しかし父だって介護疲れだし、まあ介護なんて交代でやるしかないからこんなもんか。普通の時には何とかなってる老老介護も一旦綻びが出ると途端に崩れていく。


 実家に1週間ごとに帰るけど、父親がヒゲボーボーで、風呂キャンセル界隈らしい。お湯を縁まで増やして、適温にし(39℃は実はやや低め)、先に入るように促す。ようやく風呂に送り込み、そっとしておきたいのは山々だが、最近調子良く活発になった母が早く出るように促す。余計なことを。風呂入ってる人に声がけはストレスになる。

 垢がいっぱいの風呂に沈み、いつものように浴槽を洗って、出る。最近は寒いせいか1階にとどまりソファで寝てるらしい父も、今日は2階に上がって布団までたどり着いたようだ。

1954年。メキシコで撮影されたと。若きアーネスト・ボーグナインも出てる

父親だけ連れてこうとしたら私も行くと言うことで両親連れてった。記帳台の高さが車椅子に合ってないような気もしたが、何とか済ませて送り届けた。もう行きたく無いと母親。まあそうだろうけど、苦労して連れてった身としてはつらい。親孝行なんてそんなもの。してあげたから感謝されるはず、では無い。