泡影花火






「うっわぁ〜! すっごく、キレーイ!」

 そう感嘆のため息をつくのは月野うさぎだ。
 今、うさぎは花火を見ている。勿論、一人ではない。相手がいる。
 その相手とはーー

「気に入ってくれたようで嬉しいよ、うさぎ」
「はい、誘って下さってありがとうございます。月影の騎士様♡」

 そう、花火デートの相手とは月影の騎士だ。
 更に驚くべきは、その場所である。

「まさか、魔法の絨毯で空を飛んで観るなんて夢にも思いませんでした」
「誰も思い付かないし、出来ないことだ。気に入ってもらえたようで良かった」
「そうですね。月影の騎士様以外、こんな事できませんもんね」

 見ている場所は、何と空だ。月影の騎士が所有している魔法の絨毯で空を飛び、花火と至近距離で見る。何て贅沢なのだろう。

「うさぎも気合い入れてるじゃないか。私と衣装を合わせてくれるなんて、嬉しいよ」
「えへへ~。やっぱり、この格好のほうが雰囲気出るかなって思いまして」

 更には月影の騎士の言うように、うさぎは衣装を変えたのだ。洋服ではなく、月影の騎士に合わせ、アラビアン風に。
 そんな衣装は当然持ってはいない。ルナに内緒で変装ペンを使用し、チェンジしたのだ。
 そのお陰で、世界観はピッタリ。マッチした。

「キャッ!」
「大丈夫か、うさぎ?」

 人混みは避けられると言う長所がある反面、やはり短所も存在するわけで。花火に近い分、打ち上がる花火の音はデカいわ。火花や火薬が容赦なく襲いかかる。
 月影の騎士もその危険性には危惧してはいて、出来る限りそこまで近づかないようには気をつけている。持ち前の瞬発力でかからない様移動も欠かさない。
 しかし、対策はしてもそこは自然のこと。動きは中々読めず、失敗することも多々ある。火傷しないよう細心の注意を払って、うさぎに気を使っていた。

「あ、はい。何とか」
「そうか。火傷や怪我をしたら遠慮なく言ってほしい」
「大丈夫です。慣れてますから」

 月影の騎士の気遣いに、うさぎも遠慮して気を遣う。悲鳴を上げたものの、月影の騎士のおかげか怪我も火傷も今のところ無く花火を楽しめていた。
 ただ、花火の音がデカすぎて鼓膜が震える。元々ビビり体質のうさぎはそこだけは慣れず、悲鳴を上げてしまったのだ。

「しかし、ホッとした。元気を取り戻してくれて良かったよ、うさぎ」
「え?」
「衛から頼まれたのだ。うさぎに何かあれば気にかけてほしいと」
「まもちゃんが?」
「ああ、余程君を残して留学するのが心配だったのだろう」
「……」

 衛は今、留学中。一人残されるうさぎの心を想い、衛はうさぎを思う衛の分身である月影の騎士に、うさぎを託したのだ。
 その事を知ったうさぎは嬉しい反面、複雑な気持ちになる。だったら、留学しないという選択肢は無かったのかと。
 今はマメに連絡をくれるが、やはり物理的距離に寂しい思いは埋まらない。
 夜、衛からの手紙を読みながら泣いていると窓側から気配がした。ベランダへ出ると、そこにいたのは消えたはずの月影の騎士が浮かんでいて驚き、涙がすっこんだ。
 花火デートをしようと言われ、気分転換に快諾。変装ペンでアラビアン風美女に変身し、魔法の絨毯に乗って悠々花火大会の真上に来たと言う訳だった。
 それがまさか衛の意向でもあったことを知り、胸がいっぱいになる。

「花火も終わったようだ。帰ろうか」
「はい」

 あっという間に花火大会は終了を迎えた。楽しい時間はやはりすぐに時間が経ってしまう。衛と離れて帰ってくるまではとてもゆっくりに思えるのに。

「月影の騎士様、今日はありがとうございました」
「大輪の 花火も君に かなうまい、アデュー」

 辞世の句を詠み、去って行く月影の騎士。その方向をうさぎはいつまでも見守っていた。




おわり